「強固な砦」は壊れた際の衝撃が大きい 2013年06月25日 01:04 カテゴリ:マナビノギマビノギ Tweet 人々と強く固く結束し「強固な砦」を築き上げたとしても、この世に「絶対に壊れないものはない」という鉄則がある限りそれは必ず壊れる可能性を秘めています。むしろ人々の結束が強ければ強いほど、その関係が壊れた際の衝撃は大きくなり、個人また全体としてのダメージは計り知れないものになっていきます。 そこで大切なのはシステムの堅牢性よりも柔軟性です。「絶対に壊れない」のではなく「少しくらい壊れても平気」というシステムにする、またはそのように考え方を変えることです。コンピューターの世界でも「冗長化」といって電源装置に予備を設けたり、普段の直接の利用はなくともデータのバックアップを取ったりするなど、万が一のトラブルや破損に備えた対策を講じておくことがあります。冗長化においては「絶対に壊れない」という確信ではなく、「壊れる可能性がある」というものが前提にあって、「強固な砦」のイメージとはかなり異なっています。ゆとりのある交友関係を持とう。「○○さんがいないとダメ!」これはとても友達思いの意見のように思われるかもしれませんが、その人がいないことで共倒れのような状況になるのだとしたら、はたしてそれは本当に健全な関係であるといえるでしょうか?「○○さんがいなくても大丈夫!」これは一見すると冷たい感じがしてしまうかもしれません。しかしその人がいないからといって絶望するわけではなく、自分一人でも大丈夫で、ほかの人と交わることもできるのなら、非常にいい関係であるし、より充実した生活を送ることができます。「あすさんはどうせブログにいる!」可能性をあげていけばキリがありませんが、ほぼ間違いなくその通りです。サーバーが違っても時間帯が違っても、どうせブログで交流できるのです。だからこそ「ほのぼのハァンタジーライフ」というものが成り立ちます。簡単に壊せたほうが新たに作りやすい。人生に対して哲学的な考察を持っている人にはなかなか受け入れがたく感じられます。自分についても他人についてもどこか完璧主義のようなところがあって、終始一貫して「成長」「進歩」「発展」といった前向きなイメージに引っ張られ、「途中で壊すことなど考えられない」というのです。しかし現実はまったくそうではありません。シンプルなテーブルゲーム(チェスのようなもの)でさえいったん出したコマを戻したり、コマを取らせたりすることで進んでいくのです。サッカーはただ相手のゴールに向けてボールを飛ばせばいいわけではありません。何度も戻したり迂回したり、時には相手に取られることも作戦に入っています。「完封勝ち」をするに越したことはありませんが、ゴルフのどんなコースでもホールインワンができるわけではないのと同じように、普通は得点を取ったり取られたりすることで熱を帯び、楽しむことができ、競技として成立しています。「途中で壊すことなど考えられない」というのは試合でいうならド素人とプロの対決のようなもので、強さに差がありすぎて話にならない状態です。それで勝利を収めたとしても、ちっともカッコよくないですよね。簡単に壊せるようにしたほうが新たに作りやすく、失敗したときの損失も小さく抑えることができる。「絶対に壊れないもの」を作ることはできません。これは技術が未熟であるとか設計が間違っているというわけではなく、あらゆるものは本質的に「壊れるようにできている」ためです。そして古いものが去り、新しいものがやってきます。古い考え方やシステムをいつまでも残しておくと、それが成長の妨げになってしまいます。つまり自分ではその考えに執着することでさらなる成長と発展を期待しているが、実際にはそれが妨げになっているというわけです。それが壊れてしまうと相当な衝撃を受けるでしょう。だから地道にコツコツと、少し作っては壊し、作っては壊しの繰り返しをすればいいのです。絵を描くときにも鉛筆で線を引いては消し、引いては消しの繰り返しで少しずつ形が決まっていくのと同じことです。何の予行もなくいきなり完成させようとすることがいかに非現実的で無謀であるかは、いろいろな経験から誰もがわかっていると思います。 タグ :#対人関係 「マナビノギ」の最新記事 「マビノギ」の最新記事 この記事へのコメント 0 フンイキー 2021年00月00日 --:-- ID:manabinogi 私はフンイキー!ただのムードメーカーよ! コメントフォーム 名前 コメント 記事の評価 リセット リセット 顔 星 情報を記憶 コメントを投稿する この記事へのトラックバック
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