野菜たっぷりの温かいスープと、キノコをケチったグラタンを食べたあすさんは満足し、
その後、再び退屈となった。


執事「aspirinさま……このメニューは、明海さまとよくご一緒に食べられたものでございますね…」
あすさん「ゲームの中だけど……」
執事「野菜スープは猿にギフトし、キノコグラタンは頭を活性化させる…とうかがっております」
あすさん「正解」
執事「ああ……これからどうなさいますか……」
あすさん「………帰ろう」
執事「は…はい…」
あすさん「2週間、自宅待機ということになる…」

二人は病院の屋上に出て、自動操縦のヘリで自宅へ帰ることになった。



帰宅しても、迎えに出てくる者は一人もいない家である。


あすさん「…やはり……この家は家とは思えない……」
執事「……といいますと…」
あすさん「家族が帰りを待っているようには感じられないのだ……」
執事「……ああ……」
あすさん「家を出るとき、帰るとき、自分はまるで“お客さん”のような感覚がする…」
執事「はい……わたくしも…そう思います……」
あすさん「こんな環境で育った明海のことを、そう簡単に理解できる人はいないだろう…」
執事「その、理解できるお方こそがaspirinさまだと思っていたので……あ、いいえ…ああ……」
あすさん「いいんだ。私も理解はできていない。だから能無しだといわれても仕方のないことだと思っている」
執事「そんな…決してそのようなことは……」

あすさん「明海の母親に会ってくる」
執事「はっ……どうなさるのですか?」
あすさん「辞任する」
執事「お…お待ちください……も、もう少しお考えになったほうが……」
あすさん「これでいいんだ」
執事「では…明海さまの将来はどうなるのですか……」
あすさん「家庭教師には生徒の進路を決めることなどできない」
執事「しかし…」
あすさん「…とにかく母親と話をしてくる」


明海の母親は衣料品店のオーナー。
まったく姿を見せていなかったが、一人で衣服の製作を行っているのである。


明海の母「あら、あすさん、こんにちは」
あすさん「……大事なお話が」
明海の母「なんでしょう?」

あすさんは初日に受け取った300万円入りの封筒を出した。

明海の母「……どういうことでしょうか?」
あすさん「これはお返しします」
明海の母「まだ1週間もたっていないというのに…」
あすさん「その1週間で、明海の行動に大きな変化が起こったのです」
明海の母「…大きな…変化…?」


明海の母は手を休め、あすさんと真剣に話をするために向き合った。


明海の母「明海が変化したと……」
あすさん「友達ができたのです」
明海の母「……そうなの!?」
あすさん「友達以上の相手を、明海が自ら見つけたとも考えられます」
明海の母「ちょ、ちょっと待って? たったの1週間で、明海が変化するとは思えませんよ…?」
あすさん「なぜそう思われるのですか?」
明海の母「明海が…あすさん以外に心を開くものですか……」
あすさん「…そう……ずっと気になっていたのですが、その前提こそが大きな間違いなのですよ!」
明海の母「……そんなはずは……」

あすさん「明海の将来の夢はなにか、わかりますか?」
明海の母「え……役者になること…?」
あすさん「では私の今は? 将来はどうなるのか? わかりますか?」
明海の母「……そ…それは………」
あすさん「どう考えたってつながりようがありませんよね?」
明海の母「……でも……」
あすさん「本当に、明海のことをよく知ろうと思われたことがありますか?」
明海の母「もちろん…」
あすさん「私のことはどうですか? ほとんど誤解されているようですけど…」
明海の母「……明海の話題に出てくる人物は、あすさん以外いません……」
あすさん「寝言でも私を呼ぶような…?」
明海の母「あの子がわたくしに話すのは、あすさんとゲームで遊んだということだけ…」
あすさん「それで私しかいない、と……」
明海の母「そう! ほかに誰がいるというのですか?」
あすさん「ほかの誰かがいたとしたら?」
明海の母「………………誰なの? 知りたい……」
あすさん「そう思うでしょう? 知りたい知りたい知りたい、と思うでしょう?」
明海の母「当然じゃないですか……」
あすさん「ではなぜ、私については知ろうとされなかったのですか……」
明海の母「…………」



もともと明海の突拍子もない発想から始まった、今回の一連の出来事。

それ以前に、あすさんのことをずっと誤解し続けていた明海の母親。