大まかにいって薬草学は、前半は「ゴールドハーブ」のウェートが大きく、浪漫農場のなかったころはダンジョンかハーブ豚、それにイリアの地下迷路で探し当てるように努力するしかありませんでした。
ハーブ豚からの採集率はかなり低く、
ゴールドハーブがもっと抜ければ……と悩むことが多かったです。
「ホワイトハーブ」についてはハーブ豚が非常に役に立ち、「ほぼ必須」といわれるほどでしたが、
今でも浪漫農場にホワイトハーブを植えることはできないため、かなり重要なペットになっています。
また、私がトレーニングしていた時代には「クローバー豚」や「クローバーヌー」が存在しておらず、「マンドレイク」や「解毒草」のウェートが大きくなる数字ランクで大変な思いをしていました。
イリア大陸(コンヌース)すら実装されていなかった時代に、どうやってランクアップしたと思いますか? 当時は影ミッションがなく、みんなで遊ぶところといえば
ダンジョンでした。
フレンドも私も火力に乏しく、中級や上級のダンジョンを攻略するのはパーティーであっても決して容易ではありませんでした。
さらに…
「解毒草」と「ポイズンハーブ」は
中級以上のダンジョンにしか生えておらず、
私一人で採集しに行くことはほとんど不可能だったのです。
しかし当時は今とは事情が違っていました。
ほとんどの人がダンジョンに行くので、
フレンドの誰かが常に何かの通行証を持っているような状態だったし、キア中級4人やキア上級は普通に「
経験値のおいしいところ」として誰もが行きたがっていたのです。
そこで!!!!!
私がパーティーのメンバーに
自分が作ったポーションを提供する代わりに、ダンジョンに生えているハーブを抜かせてもらうようにしてもらったのです。
今なら影ミッションのモンスターが50や100のポーションを落としますが、昔は大容量のポーションは調合によって作るしかあてがなく、それは非常に重宝されていたので、「
知り合いにポーション調合スキルの高ランクがいる」だけで大きな戦力になっていたのが現実でした。
「
月曜日でなくても100ポーションの成功率が99%になる」こと自体が奇跡的だったのです。
…とはいえ順風満帆ではありませんでした。
なかなか目当てのハーブが生えていないのです。
ベースハーブだけ、、、、ということも何度もありました。
その後「
キア初級ダンジョン」が実装され、ようやく私でも攻略できるところでゴールドハーブやマンドレイクを採集可能という好条件になり、この点は加速的にトレーニングが進んでいきました。
でも キア初級ダンジョンではポイズンハーブは採集できません。
しかもそのころには私の同期たちが一斉に
高校や大学の受験シーズンに突入してしまい、ある時期にはほとんどフレンドのいない状況になりました。
「薬草学マスターなんて無理だ…」 と陰うつな日々を送っているうちに、たまたま入手した「キア中級1人ダンジョン」に恐る恐る行ってみたのです。
「せめてハーブ部屋までは行けるかな…」 ものすごく慎重に進み、ブルーラットマンに警戒しながら1つ、また1つと部屋を突破していきました。
「意外と行けるぞ…」 そうなんです。
いつも4人用のダンジョンだったのでモンスターの数が多く、これを一人で攻略するのは難しいと思っていたのです。
(中級4人と1人はモンスターの数がぜんぜん違います)
それでも
ポイズンハーブはめったに生えておらず、死に物狂いで攻略したのに落胆することが多かったです。
こうして1年……
イリア大陸が実装され、エルフが実装されると、地下迷路でハーブの採集ができるという朗報が。
Lロッドを持って駆け回り、ポイズンハーブがあれよあれよと言う間に採集できました。
最終的にゴールドハーブ2000本を抜き終えたのが2007年7月9日のことです。
薬草学マスター。
aspirinの歴史はここから始まる…w
薬草学で採集したハーブを使い、ポーション調合スキルと並行してトレーニングを続けていました。
ポイズンハーブを必要最小限しか入手していないので、調合にはまったく足りません。「毒薬」の成功率は低く、ほぼ半分は失敗のために消滅してしまうからです。
ファーストエイド3000個の調合… 今でこそ「自動生産」というコマンドで10個連続で調合できるのですが、当時はその機能がなく、1つずつハーブをマウスで分けて生産スキルウィンドウに入れなければならなかったため、手が腱鞘炎になりそうでしたよ。 昔を考えれば、今の調合は単純に10倍は楽になっているといってもいいと思います。
調合マスターを獲得したのは2008年2月16日。
長々となりましたが、これは私の自慢というより、マビノギにおける最初にして最大の
経験です。
もしフレンドの協力がなかったら、私は薬草学を上げていないか、すでにマビノギから退いていたと思います。
ゲームが魅力的なのは魅力的な仲間がいるからであり、それは自分一人だけで成り立つものではなく、互いに支えあってこそ楽しめる世界だということを、私は誰よりもよく知っているつもりです。
ただ…これは裏を返せば、付き合う相手を「
選ぶ」ということでもあります。
「誰でもいい」と
言わなかったからこそ、長く続いている…。
私の体は過去に「死にかけた」ことがあるから、余計にそう思います。
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