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 マビをしながらチェスをポンポンwww

 私の場合、自分の記憶や経験に妨害される傾向がきわめて強いため、ぜんぜん関係のないことをしてそれを忘れ、改めて手を指すようにしたほうが注意力や判断力が高まるみたいです。


 腹筋、散歩、スケッチ(デッサン)、紅茶もそれが狙いです。


 ずっとデスクに座っているだけでは良い考えは出てきません。





 昔に比べて多くのことを、充実してこなせるようになってきました。

 中でもチェスは革命的ともいえる変化をもたらしそうです。



 「自分の記憶や経験に妨害される」というのがどういう意味かわかりますか?
 「先入観」とは少し違います。


 RPGでは敵を倒してレベルアップすれば強くなりますよね。

 でもチェスは、相手のコマをどれだけ取ってもレベルアップしません。
 ポーンがタキ グラナイド インチャトラ マナ プラウ!といって巨大化することもありません。
 「プロモーション」といってポーンが8段目(相手の側の端)まで進むとキング以外のどのコマにでも昇格できるルールはあっても、途中でどれだけコマを取ったかということは関係がありません

 もっといえば、チェスは経験を積んだからといって必ず「強く」なれるわけではないのです。

 「記憶や経験に妨害される」というのは、コマをにどう動かすかということより、今までどのように動かしてきたのかということに気を取られ、相手の手がどんどん読めなくなってきてしまう悪循環のことです。

 また、チェスでは当たり前のことなのに、「こんな手は記憶にない! どう対処すればいいんだ!?」と自分の記憶を懸命に思い出そうとするという、やはり「今」を正しく認識できない事態にも陥ります。




 私はそれが重症なのです。



 重症だった、というべきでしょうか。



 記憶や経験が無意識のうちに再生され、「思い出し笑い」が頻繁に起こります。
 20年以上も前の誰も覚えていない物事を覚えていたり、とりわけ嫌な経験は今でも鮮明に思い出すことができてしまいます。


 もちろん記憶が役に立つことはあります。
 しかしそのほとんどは役に立たないか、妨害的に働いてしまうのです。

 極端な話、「一度でも失敗したことは二度とやれない」。

 ブレーキはついていても、バックのギアがない車のようです。






 でもチェスは!!

 失敗を犯さないとしても、それを手の一つとして想定しておくことが重要なのです。

 実際に動かす前に、「こういう手を指したらどうなるのかな」ということを一つ一つのコマについて考えるのです。


 「今」のコマの位置をきちんと見ることができていれば、「このコマは動かしてはいけない。もし動かせば相手のコマに取られてしまう」ということを「読む」ことができるのです。

 そうすることができて初めて、「じゃあ動かすことのできるコマはどれなのかな?」と自分の手について考えることができます。



 どうですか? 記憶なんて出る幕がないと思いませんか?
 むしろ思い出すだけ時間の無駄ですよね。
 そこに答えはないからです。


 とにかく私の記憶は邪魔をするのです。

 「こういうパターンか」といってミスを犯すのです。
 過去の似たような展開を当てはめて、実際にはわずかに違う手によって負けてしまいます。





 これらの問題を解消する手段が散歩だったり腹筋だったりするわけです。

 今のところ上手くいっています。


 ときどき逆戻りするのはチェスの手にもあります。
 コマを元の位置に戻すのが最善であることもあるのです。

 でも戻ること自体が目的ではなく、それより重要な目的を達成するための手段であるとすれば、価値があると思いませんか?


 ようは、ある手段が本当に有効なのかという真相ではなく、有効であることに気づくことができるかどうかが大切です。
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0 モルクァン・ジョー 2020年--月--日 --:-- ID:manabinogi
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