マナビノギ

マビノギハァンタジーライフ

いわゆるメモ どんなに急いでも、最後尾がゴールするまでマラソンという競技は終わりません。
 トップの人のタイム「だけ」を競っているのであれば、早い人に合わせて終わりですし、テレビなども全員がゴールするに中継を打ち切るし、視聴者も「最下位」を見ることなくチャンネルを変えるでしょう。

 では、実際にマラソンを行っている現場はどうなのでしょうか。

 トップがゴールしたらコースは撤去してしまうでしょうか。
 観客はいなくなっても、最後の人が完走するかギブアップするまでは終わらないはずです。


 自分が早く終わったからといって、自分「以外」に参加者のいる場面であれば、決してそれで終わることはないのです。


 早い人、優秀な人、頭のよい人に合うようにはできていません。

 逆なのです。

 遅い人、優秀でない人、頭のよくない人に合うようになっているのです。


 これを不思議に思われますか?

 自分で自分を優秀だと思っている人は、不思議に思うことでしょう。




 現実はゲームと違い、それを構成する要素のうち最も低いものにそろうようになっています。

 生物の授業で「リービッヒの最小律」というものを学んだ人もいると思いますが、植物の生育を決定するのは、必要な栄養素のうち「与えられた量の最も少ないものによる」という説です。

 植物にいくら「水」を多く与えても、それ以外の窒素やリン酸といった栄養素を少ししか与えないのなら、その少ない要素によって生育の度合いが決まってしまうということです。


 これは植物だけの問題ではありません。



 人が集団で生活する場面、学校や会社などで「優等生」が1人いたとしましょう。
 優等生は周りの人の何人分もの作業や仕事をこなします。
 では、その優等生のゆえに全体もそのようになるでしょうか?





 ならないのです。





 たった1人が優秀で努力家であったとしても、その集団の中の最も優秀でない人に合わさるようになってしまいます。


 誤解のないようにいっておきますが、人の能力の優劣を問題視しているのではなく、「相対的に秀でた人」が存在しているという設定で、その人を基準に物事を考えた場合にどのような関係になるのかを考察しています。



 マビノギで考えてみましょう。

 パーティーでダンジョンをプレイしていて、そのうちの一人が途中でトイレに行きました。
 ほかのメンバーはボスルームまで到達しました。
 トイレに行った人はまだ別の階にいます。
 その人を待たずにボスを倒してしまうと、報酬の鍵を持っていくことができません。
 階層を移動すると鍵は強制的に手前の階に落ちるようになっているからです。
 つまり一人分、報酬が入手できなくなってしまうのです。

 遅れてきた人を待たないのなら、残念な結果になってしまいます。



 またリアルはマビでいうなら「ダメージバランス0%」の状態です。
 ダメージが50~200なら、50ダメージがほとんどだということです。
 最も出やすいダメージが50です。
 そう、最大がどんなに高くても、バランスが0であるゆえに最小に丸め込まれるのです。
 51ダメージは出ることがありますが、200が出る確率はほとんどありません。


 一人が優秀でも、全体がそれに合わせられるわけではないということです。

 最大を上げるよりは、最小を上げるようにしたほうが、結果的に高いダメージを出せるのです。




 しかし、次の深刻な問題に直面します。


 最も低いものに合わせられるというのはわかった。
 その低いもののゆえに高いものが損なわれるのはいただけない。
 だから排除したほうがいいのではないか。




 ……




 恐れ多くもそれは本音なのかもしれません。

 自分より劣ったものを除外することで、自分をいっそう優れたものとして印象づけることにもなるからです。



 でも、実際にそういう人がいたら、どう思われますか?

 どんなに優秀であっても、「最低の人間」と思うのではないでしょうか。




 ………



 自分「だけ」が偉いとか、強いとか、早いとか、優れているとか、とにかく頂点に立とうとする人は、ただ単に集団の中において「浮いている」だけで、決していい印象を与えてはいません

 周りを出し抜いて自分を「優秀だ!」と名乗れば優秀になるのでしょうか?

 違いますよね。

 むしろ逆です。


 そうやって自分「だけ」が利益を得たり、目立たせたり、栄光や名声や尊厳を受けようとしたりすればするほど、逆にそれらのものは遠ざかり、むなしさに包まれるだけなのです。



 人の足並みは、最も早い人にではなく、最も遅い人に合うようになっています。
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この記事へのコメント

 コメント一覧 (2)

    • 1. (・公・)
    • 2012年01月03日 23:32
    • 全くもってあすさんの言うとおりだと思う。
      だけど補足させてもらうと、もしも・・・・
      この記事でいう「優秀な人」の他が僅差でさらに多数いて、「一番遅い人」がその人達より差が激しかった場合、
      つまり優秀な人とそうでない人の比率が逆になった場合はどうなるか・・・?
      緑色の文字の出来事が当たり前のように起きる。
      少数派は罪のような扱いを受ける事も少なくないです。
      (この場合成果を出してるのは優秀な人のほうなので余計に・・)

      自分の考えでは 人の足並みは「少数派が」「多数派に」あわせることで成り立っていると思っています(´・ω・`)よしあしは別として。
      ただ自分はそのせいで大分しんどいです。

      何がいいたいかよくわからない文になってしまった(´・ω・`)
      とにかくいえる事は 人生って難しい(*´・ω・)(・ω・`*)ネー
    • 2. あすさん
    • 2012年01月04日 01:12
    • >(・公・)
      そうなってしまいますね…
      頂点が僅差で占められている場合、つまり比率が逆になったら…ということか…
      これがそのまま逆になったら、多数派の圧勝ということに…。
      一人だけが劣っていると集中攻撃を浴びせられる。
      「合わせる」間もなく淘汰されてしまう。
      何度もそのような状況を見てきました(´・ω・`)

      表向きはよい成果を上げていても、中をのぞいたらとんでもない状態。
      貧困や優劣の差によって成り立っているような感じ…。

      ただこれが特別な地域や環境でのみ起きているのではなく、地球上の、
      人間の住んでいるところならどこででも起きているというのが現実。


      そのとき、最も立場の低い人の身になって考えることのできる人が、
      私の考えうる限り最も「優秀な人」だと思っています。
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