マナビノギ

マビノギハァンタジーライフ

赤黒クマから命がけで逃げ出したあすさんの体はもはやボロボロである。

クマの極太の腕から繰り出される強烈なスマッシュの直撃で受けたダメージと、
常識では考えられない速さで走ったことによる筋肉への負荷は甚大なものであり、
それ以前に女子高生たちとの対応で疲労の極限に達していたあすさんは
丸一日、眠り続けてしまった。


そして、次の日…


明海「あすさん……あたし、頑張って学校いくから……帰ってきたら目を覚ましてね……」

明海は小声であすさんに話しかけ、中身の詰まったカバンを抱えて部屋を出ていった。
あすさんは死んだようにベッドの上に横たわったままで、目を覚ますことはなかった。



正午が過ぎ、3時が過ぎ、しばらくすると…


ピンポーン。


インターホンの音が鳴った。
明海が経験したものと同じである。


ピンポーンピンポーン。


人の気配を感じさせずに鳴り続けるインターホン。


ピンポーン。


この不可解な音であすさんは意識を取り戻した。


あすさん「……ここは……っ! ……いてて……激痛が痛い……」

あすさんが痛みで泣きそうになると、インターホンの音は聞こえなくなった。
それと同時に、自分のいる環境の異変にすぐに気がついた。

その部屋には一切の生活用具がないのである。
窓はあってもカーテンがなく、壁紙はすべて取り去られた形跡があり、照明器具もない。
明海の部屋なら学習机やクローゼットくらいはあるはずなのに、それも見当たらない。


自分が横たわっているベッド以外、何もない部屋なのだ。
ところが床にノートパソコンが置かれていた。

あすさん「この部屋は…いったい……明海はどんな生活をしているんだ……?
 このパソコン……電源が入ったままだ……明海のものだろうか……」

パソコンを見てみると電源が入っており、デスクトップが画面に表示されていることがわかった。
画面中央には「あすさんへ」という名前のファイルが置かれている。

あすさん「これは何だろう………」

あすさんがトラックパッドを操作し、そのファイルをダブルクリックして開くと…

あたしのパソコン勝手に見たら怒るからね(#^ω^)ピキピキ

                          明海

あすさん「ああっ!!しまった…トラップか~~~~~~~!」

ガチャッ

あすさん「ぎゃあっっっ!!」


次の瞬間、背後のドアがガチャッと開いた。


明海「あー! あすさんが復活してる~~~~~~!!」
あすさん「や、やぁ……」
明海「あすさん復活だー! 復活だー!」
あすさん「ふ…復活だぁ~………」
明海「よかった……もう目を覚まさないのかと思った……」


ようやくまともな形で対面することになった明海とあすさんであるが、
初めがあまりにも非常識であったために、しばらく沈黙が続いた。


あすさん「…嬉しいのやら悲しいのやら…といった感じだね……」
明海「う、うん……。にこあ としか思えない……」
あすさん「にこあ……」
明海「このままあすさんが目を覚まさないのかと思うと……」
あすさん「大丈夫だよ……私は見てのとおり…生きている…」
明海「もし…あすさんが帰らぬ人になったら……原因はあたし……」
あすさん「……何度も殺さないで……」
明海「とにかく無事でよかった!」
あすさん「にこっ」

明海「あ、あすさん、あたし、今日は学校に行ってきたんだよ」
あすさん「そうか、それはよかった!」
明海「死んだあすさんの分まで頑張らなきゃ、って思ったの」
あすさん「また殺された~…」
明海「このまま家にいてくれたらいいのにな…」
あすさん「…あぁ…そうだ…帰りのこと…どうしたら…」
明海「帰ってほしくないなぁ~…」
あすさん「そういうわけにはいかないよ…」
明海「どうしたらここに残ってくれる?」
あすさん「ははは…そりゃ、ここで生活していけることが条件だよ」
明海「ふーむ……」


明海は考え込んでしまった。
あすさんにはその様子が冗談なのか本気なのかを判断できなかった。


あすさん「ところで明海、この部屋はいったい……」
明海「ん? あたしの部屋?」
あすさん「人が住んでいるとは思えない部屋なのだが……」
明海「実はこの部屋、というかこの家、取り壊すことになったの」
あすさん「…え?」
明海「この家がもともと相葉家の住んでいた家なんだけど──」
あすさん「ふむふむ」
明海「お父さんが錬金術の事業を一気に拡大させてからは、
 この家とは比べ物にならない巨大な家を建てて、そこに住むようになったの」
あすさん「ふむ。この家はずいぶん古いようだね」
明海「そうなの。耐震基準を満たしていないから、もう住むことはできないんだって」
あすさん「そうか。引越しをするわけか」
明海「うん。でもあすさんには、長年あたしが暮らしていた部屋を見てもらいたくて…」
あすさん「なるほど………」
明海「あすさん、新しい部屋に案内するね」
あすさん「いくお♪ てけてけ! あっつー……いててて……」
明海「大丈夫? 歩けない?」
あすさん「筋肉痛は、じわじわくる……」
明海「あたしにつかまって」
あすさん「申し訳ない……」
明海「いくお♪」
あすさん「てけてけ」


あすさんは明海に体を預けながら階段を下り、玄関を出た。

明海「あすさん……真冬なのに裸足で、しかもサンダルで来るとは思わなかったよ…」
あすさん「これが私の正装なんだ」
明海「aspirinさん、すごいです!最高です!」

路上を歩くこと数分。

あすさん「え……このローズタワーみたいな建物が?」
明海「うん。これがあたしの新居」
あすさん「……何人家族だっけ?」
明海「3人だよ」
あすさん「この建物の一室が、じゃなくて、建物全部で3人暮らしってことか?」
明海「そうだよ」
あすさん「そんなバカな………」
明海「あすさんを入れたら4人だね。ちょっと狭くなるかも…」
あすさん「いや、十分すぎる……」


3人で暮らす家としては桁外れの大きさである。
しかしあすさんは、実際に内部を見るまでは信用できなかった。


明海「この最上階にお母さんがいるから、今から会ってくれる?」
あすさん「最上階って何階だ……」
明海「77階だよ」
あすさん「……………」
明海「大丈夫だって! ちゃんとエレベーターついてるから!」
あすさん「これが本当に家といえるのか……」
明海「あ、あすさんって高いところ苦手?」
あすさん「いや……驚いているだけだ……」


エレベーターで77階へ向かうこと6分。
あすさんは明海の母と初めて会うことになる。


あすさん「77階を3人で割っても、1人あたり25階分のスペースだぞ……どうやって住むんだ…」
明海「そっか~。もうちょっと歩いてね」
あすさん「家の中でこんなに歩くことがあるなんて…」
明海「楽しいでしょ」
あすさん「いいえ、今は疲れるだけです……」
明海「にこっ」

明海「あ、お母さんだ」
あすさん「あ、あ~…えーと…」
明海の母「ようこそいらっしゃいました。明海の母です。どうぞよろしく」
あすさん「あ、どうも……このたび…明海さんの家庭教師…として……」
明海の母「あらあら。あすさん、無理をなさらないで」
あすさん「……といいますと……」
明海の母「無理に体裁を取り繕おうとなさらなくていいんですよ。あすさんは明海にできた初めてのお友達ですもの」
あすさん「は……」
明海「ばれちゃったか~」
明海の母「あすさんのことは明海からよく聞かされています。なんだか、まるで」
明海「お、お母さんっ!」
明海の母「…本当にわがままな娘ですけれど…よろしくお願いしますね」
あすさん「はあ…こちらこそ……」
明海の母「さっそくですが、これを」
あすさん「……?」

あすさんは明海の母から封筒を手渡された。
小さな封筒の中に書類の束がぎっしり詰まっているようであった。

あすさん「……これは?」
明海の母「ここまで来てくださったお礼と、気持ちです」
あすさん「……開けてもいいですか?」
明海の母「どうぞ」

あすさんが封筒を開けると、大量の一万円札が入っていた。

あすさん「ちょ…ちょっと……待ってください……これは……」
明海の母「今月分のお給料、300万円です」
あすさん「さ、さんびゃく……」
明海の母「それでどうか娘をお願いします」
あすさん「待ってください……ここへ来るまでの交通費の100倍じゃないですか……」
明海の母「足りないようでしたら……」
あすさん「い、いいえ! 逆に多すぎるのでは……いくらなんでも……」
明海の母「もしあすさんがお望みになるのでしたら、こちらにお泊りいただいてもかまいません」
あすさん「あの…っ! 本当のことを言いますと…私は家庭教師などではなくて……」
明海の母「いえいえ。身分など関係ないのです。わたくしも明海も、あすさんご自身を高く評価しています」
明海「そうだよ~、あすさん!」
明海の母「これからも娘をよろしくお願いします」
あすさん「……………」
明海「あすさん、そんなもんなんだよ。家庭教師に資格とか免許なんてないんだよ。あすさんの実力が問題なの」
あすさん「過大評価じゃないのか……」
明海「相応だよ」
明海の母「あすさんならすぐに慣れると思いますよ」
あすさん「慣れる……」
明海「何事も最初から上手くいくはずなんてない、って、あすさん言ってたよね」
あすさん「うーむ………」
明海の母「明海、あすさんのお話をよく聞くのよ」
明海「わかってる~」
あすさん「私のお話………」
明海「センセー、今日の授業はなんですか~?」
あすさん「……あすさん先生……」

樽帝院の町は、標高2000m級の山を開拓して作られた「人工の平地」にある。
もともと険しい山と広大な森林が延々と続く大自然にあったため、
そこに生息していたクマなどの野生動物が現れるのは当然といえる。


明海「っていっても、今は真冬よ? こんな時期にクマが出てくることなんてあるの?」
執事「ここは本来の標高が2000mを超える山地でございます。それを300mまで削って作られた平地なのです。
 明海さまのお父さまが錬金術を世の中にお広めになるために、わずか1ヶ月で工事を終わらせられました。
 ですが、そのあっという間の工事によって住む場所を失った野生動物たちが無数におります。
 また気候も大幅に変わり、真冬といえども以前よりはるかに温かくなりました」
明海「じゃあ、クマが出てくることもある……」
執事「さようでございます……aspirinさまが心配でなりません……今すぐ救助に向かわれますか…」
明海「戦車部隊を」
執事「っは……」
明海「冗談よ。さっきも言ったけど、これはあすさんをテストしているの。あたしが責任を持つからいいの」
執事「…………わかりました」




あすさんはコリブ渓谷を流れる川から清水を飲んで休憩していた。

あすさん「あんな大都市があったかと思うと、少し離れたら今度は大自然が広がっている。
 全体的に不自然な地形なんだよなぁ……山のようで、山ではない……」

あすさん「真冬だけど川には魚が泳いでいるし、食べられそうな木の実もあちこちにある。
 それと……蜂の巣が無数にあるようだ……ハチに襲われたりしないだろうか……」

さすがに採集したての蜂蜜をストレートで飲むことは厳しい。
マビノギではなぜか容器に入った状態の蜂蜜を採集することができるが、
実際には手がべとべとになってしまう。

あすさん「さてと、行くかぁ」

ここで眠ったら凍死してしまう──
まだ耐えられる寒さではあるが、眠ったらさすがのあすさんもアウトである。


あすさん「おお、あの東に見えるのがタルティーンの城壁だな。ここから約2kmといったところか」

ガサガサッ…

あすさん「な、なんだ?」

あすさんの10mほど先を動く黒い影に気がついた。
タルティーンの名物、赤黒クマである。

あすさん「クマ!!??赤黒クマか!?」
赤黒クマ「……グォッ…」
あすさん「そ、そうか……たしかにここには赤黒クマがいる……」
赤黒クマ「グォーッグォーッ…」
あすさん「ええと…これはタゲられてるのか……」
赤黒クマ「グゥァァッ!」

赤黒クマはあすさんに向かって一直線に突っ込んできた。
そして目の前で急停止した。

あすさん「………これは目前カウンターというやつだな!?」
赤黒クマ「グォーッグォーッ…グァーッ」
あすさん「ならばこれを食らえ! ウィンドミ…」
赤黒クマ「グゥァァッ!」
あすさん「ぎゃ~~~~~~~~」

スマッシュだった。
軽量なあすさんの体は15mも飛ばされ、茂みの中に落ちた。

あすさん「な、なんてパワーだ……私があと10kg重かったら、地面に叩きつけられて死んでいた……」
赤黒クマ「グォーッグォーッ……」
あすさん「話の通じる相手じゃないな……」
赤黒クマ「グォーッグォーッ!!」
あすさん「これを受け取れぃ!!」
赤黒クマ「グォッ!?」

あすさんが投げたのは、女子高生からもらった蜂蜜ドリンクであった。
しかしあすさんは投げるのが下手であるため、変な方向に飛んでいった。
小中学校のハンドボール投げでもフォームが悪く、飛距離が出ないばかりか、まっすぐに投げることすらできなかったのである。

あすさん「おおおおおい!!!蜂蜜ドリンクのほうを見てくれよ!!」
赤黒クマ「グォーッグォーッ!!」
あすさん「ええい! こっちだ! こっちを見ろ!!」
赤黒クマ「…グォーッ…グァーッ」
あすさん「おまえの好きな蜂蜜だ。これでも飲んどけ!」
赤黒クマ「グゥァァッ!!」
あすさん「味わって飲めよ! 先に行かせてもらうぜ!」

♪ε= ε=ヘ( ^ω^)ノ テケテケ


あすさんは2kmを3分で完走し、タルティーンの城壁と思わしきところまで到着した。

あすさん「…はーっはーっはー……スタミナが…そう…あるわけ…じゃ…ない…から………」

ところで、1500m走の世界記録は3分26秒である。
あすさんはそれをはるかに上回る速さで2000mを走り抜けたことになる。


あすさん「…はぁ…もう…これ以上は動けない…………すまない……明海……」

…と、電話でダイイングメッセージを告げようとした瞬間、


「お疲れさま」


あすさん「……あ……」

うつぶせに倒れたあすさんが、やっとの思いで頭を持ち上げてみると、そこには少女が立っていた。

明海「タルティーンへようこそ」
あすさん「あ……明海か……」
明海「予定より2時間も遅れてるわよ」
あすさん「こ……これでも急いだほうなんだ……」
明海「……ま、今日のところは休んでいいから」
あすさん「………そうだ……これからどうする…んだっけ…ぁ……」
明海「あすさんを運んで」
執事「ささ、aspirinさま、寝台でお眠りになってください」
あすさん「…なに…その…霊柩車………」
明海「家についたらあたしの横で爆睡すればいいわ」
あすさん「……………」
執事「……aspirinさま、お察しします……どうか今日のところはお休みください……」

(^p^)たるていいーんたるていいーん(^@^)おりぐちわみぎがわです
(^p^)おにもつのおわすれもののないよう(^@^)おたしかめください

2時間半の旅を終え、ようやく目的地・樽帝院に到着した。

あすさん「ぬうああああああっ!!ついたぞ~~~! やったぞ~~~~!」

新幹線から降りたあすさんはもう疲労の限界を超えるところであった。
手ぶらで来たため荷物はなく、忘れることはなかった。


あすさん「ふー……明海に連絡を……もしも~し」
明海「もーしもーし」
あすさん「もう、ぐったり……ただいま到着しましたよっと…」
明海「お疲れ~」
あすさん「で、ここから先の行き方は……」
明海「行き方ね~」
あすさん「こんな大都市、東京の修学旅行以来だよ。右も左もわからない…」
明海「高層ビルがいっぱい見える?」
あすさん「うちの近所にはないビルディングがたくさん見える」
明海「それね、相葉コーポレーションってお父さんの会社なの、全部」
あすさん「……は?」
明海「ん?」
あすさん「あ、あいばこーぽれーしょん?」
明海「うん。あすさん、なんか違うもの想像してない?」
あすさん「ずっと俺のターン……」
明海「だと思った」
あすさん「え? じゃあこの周りの建物が全部、明海の家みたいなものなの?」
明海「そうなるね~」
あすさん「どこに行けば……どこから入ればいいんだ……」
明海「看板をよく見てみて。見覚えのある何かがあるはず」
あすさん「どれどれ……これは……千円パズル…じゃなかった、王政錬金術師のシンボルか……」
明海「そそ。うちの会社のロゴね」
あすさん「至るところにロゴが…。この都市全体が明海の会社じゃないのか??」
明海「そうそう。マビと違って近代的だよね~」
あすさん「……すげぇ……」


すでに夜になっているのに、その大都市は昼間のように明るく照らし出されていた。
夜間、暗くなりすぎて見えにくいエリンとは大違いである。


明海「今夜は特別、あすさんが来るからライトアップしてるの」
あすさん「……それはありがたい……」
明海「迷子にならないようにね」
あすさん「そ、それで、どのように進んでいけば……?」
明海「ん~……教えない。あすさんなら1時間もあればあたしのところまで来れるよ」
あすさん「い…1時間!?無理を言うなああああああああああああ」
明海「ヒントはマビに全部あるから」
あすさん「こんな未来都市のどこがマビなんだ??リニアモーターカーでも走ってるんじゃないのか?」
明海「ふふふ…頑張って来てね。じゃ!」
あすさん「ちょおおおおおおお………っっっ……切られた……」


すでに迷子である。
あすさんが方向音痴であることは古くから知られている。

団地の中を歩いて幼稚園へ行くとき、道を1本間違えただけでどこへも行けなくなるし、
大人になってからマリオカートをやったとき、コースアウトすると方向感覚を失い、
逆走したり、道ではないところを走ったりしてしまうほどである。
地図が見えていたとしても、まともに方向感覚を維持することができないのだ。


あすさん「落ち着け……こんな寒い時期に路頭に迷ったら、確実に死…………ぬ」

明るい未来都市といっても屋外まで空調が整っているはずがないため、
凍える寒さにさらされ続けるあすさんである。

月によって方位を知ることはできたが、目的地がわからないので意味がない。
自分がどこにいるのかさえ把握できないのだ。



あすさん「マビにヒントがあるって言われても……どんなふうに考えたらいいんだろう……
 ミニマップなんてないし、肉眼でクエストの位置を見ることもできないんだぞ……
 見えるのは無機質のビルの壁、地面の石畳、まぶしい街路灯くらいのものだ……
 案内図を見ても、明海の居場所など書いてないし……旅行者ガイドなんてないし……」

30分ほど同じ場所をただウロウロするだけであった。
体が冷えてくるだけで、なんらヒントを得ることはできなかった。
疲れてベンチに座ろうとするが、なぜか座れない。

あすさん「……あ……この感じは……!」

あすさんは目的地や方角といった考えを捨て、ビルの立ち並ぶ様子に注目した。

あすさん「この町並み! なぜか座れないベンチ! ここはタルティーンじゃなく、タラのエンポリウムだ!
 絶対そうだ! そうに違いない!!きっとあっちに銀行があるはず!!」

あすさんは駅から北に向かって走った。
すると、巨大なアーチをくぐり抜けた先に銀行を発見したのである。

あすさん「きたーーーーーー!!!ここを西に進めば広場だな!!」

たしかに広場があった。
広場の中央の噴水がライトアップされ、エリンのものとは比較にならないほど美しく見える。

あすさん「よし。ここを北に進めば王城だ。明海は王城にいるのか!?
 ………いや……待てよ……そもそも錬金術師の家があるのは……タルティーンだ!
 じゃあ北西に進むとコリブ渓谷があって、その先に行けばいいのか!?」



いつの間にかあすさんは疲労を忘れ、マビノギ初心者がエリンを探索するかのように走り出した。



あすさん「おお……やはり間違いない! トーナメント会場が見えてきた! ……リリスがいるのだろうか…」

トーナメント会場に立ち寄ろうとしたあすさんだが、その入り口は固く閉ざされていて入ることができなかった。

あすさん「ムーンゲートがあるかもしれない! ちょっと寄り道していこう」

タラムーンゲートらしきオブジェが置かれていたが、ワープすることはできなかった。

あすさん「ふう……いよいよ見えてきた。コリブ渓谷……!」





一方そのころ……


執事「お嬢さま」
明海「なーに?」
執事「aspirinさまのご到着が、もう1時間も遅れておられるようでございます…」
明海「あー、あすさんは迷子になってるってさ」
執事「っは…! それは大変でございます…今すぐ捜索隊を……」
明海「だーめ!」
執事「しかし………」
明海「いい? これはテストなの。あすさんの実力を証明するためのテストなの」
執事「しかし………」
明海「いいの。本当に迷子になっていたら、あたしが自分で迎えにいくから!」
執事「あの、お嬢さま……」
明海「大丈夫だって~」
執事「最近、渓谷の周辺でクマが出るとのウワサが………」
明海「え…………

運転手「親子で毎晩マビノギ三昧ですよ~」
あすさん「そうなんですか」
運転手「妻にも勧めているんですがねぇ…機械に弱くて操作もおぼつかないんですわ」
あすさん「一緒にプレイできるといいですね(棒読み)」
運転手「そうだ! 息子にもサインをお願いできますか。口から泡を吹いて喜ぶと思います」
あすさん「(うわ、キモ)」
運転手「いや~よかったよかった! あ、お急ぎのところ申し訳ありませんでした」
あすさん「ではまた」


あすさんはバスを降り、駅の自動券売機で切符を買うところであった。
しかし、自動券売機の操作は意外にもわかりにくいものである。

あすさん「あの~…樽帝院までの電車は……」
受付のおばさん「はい、いったん乗り換えて新幹線をご利用いただくことになります」
あすさん「どのように行けばいいですか?」
受付のおばさん「こちらの路線図をご覧いただくとわかりま……あら?」
あすさん「な、なにか……?」
受付のおばさん「もしかして、aspirinさん?」
あすさん「な………」
受付のおばさん「キャハハッ! 娘が話してた人と同じだわ~」
あすさん「なんてこったい……」
受付のおばさん「あっ、笑っちゃってごめんなさい。こんばんは。あたしが誰か、わかるかな?」
あすさん「いいえ、わかりません………」
受付のおばさん「あれま!」
あすさん「急いでいるので……」
受付のおばさん「んま~~! こんな時間にaspirinさん一人で大丈夫かしら?」
あすさん「大丈夫じゃないから聞いてるんです」
受付のおばさん「キャハハ、またまた冗談キツいんだからぁ~! はいっ、ここが受付です!
 案内を希望される方は、授業と修行についてのキーワードで声をかけてくださいね~」
あすさん「しゅ…修行…?」
受付のおばさん「今度ティルコに寄ることがあったらラサに聞いてみてね♪」
あすさん「そんなことより……」
受付のおばさん「はいはい、新幹線の駅までの切符がこれ。それから~」

受付のおばさんまでもがマビノギにハマっており、NPCの口調で話しているのである。
あすさんは日本の将来が心配になってしまった。


受付のおばさん「サインまでもらえちゃって嬉しいわ! それじゃ、気をつけてね!」
あすさん「いってきます…」
受付のおばさん「サーバー違うけどよろしくね~!」
あすさん「へ~い……」

あすさんが電車に乗り込んだ瞬間、

女子高生「あーっ! aspirinさんだ!!」
あすさん「うわ…」
女子高生「うちらと同じ方面だったんだ~!」
あすさん「またタゲられた……」
女子高生「タゲられたとか言わないの!!」
女子高生「aspirinさん、どこに行くの~?」
あすさん「まずは三河安城まで…」
女子高生「なんだって!?」
女子高生「うちら、そこで降りるよ~」
あすさん「(このまま一緒かよ…)」
女子高生「どこに行くのか気になる~」
女子高生「誰かに会うの~?」
あすさん「(なんて鋭い勘をしてやがるんだ……)」
女子高生「あのaspirinさんがこんな近くに…! ヤバすぎるよね~」
女子高生「保護ポーションなしでハビット 幼いタヌキが一発で成功するのと同じくらいヤバい~」
あすさん「ハハ…本当に緊張しますね」
女子高生「エンチャントマスターまだぁ? チンチン」
女子高生「まだぁ? チンチン」
あすさん「ま、まだぁ……」

まだぁ?(・∀・ )っノシ凵 ⌒☆チンチン
まだぁ?(・∀・ )っノシ凵 ⌒☆チンチン
まだぁ?(・∀・ )っノシ凵 ⌒☆チンチン

降車駅はまだだろうか……。

あすさんは内心すごく嬉しいが、女子高生のテンションについていけそうになかった。


女子高生「あ! そうだ、aspirinさん」
あすさん「な、なに……」
女子高生「aspirinさんとツーショット撮ってもいい!?」
あすさん「ギャアアアアアアアアアア」
女子高生「はいっ、チーズ! パシャリ!」
女子高生「パシャリ!」
あすさん「あわわ………」
女子高生「やったあああああああああああああああああああああああああああ」
女子高生「きたきたきたあああああああああああああああああああああああああああああああ」
あすさん「少しでも役に立てなのならあたいもうれしい……」
女子高生「んーん! 少しどころじゃないって!」
女子高生「アレクシーナなんて比較にならないよ! あんなおばさん、すっげ~丈夫そうなだけで魅力ないし!」
あすさん「あの……くれぐれも顔は見せないように……ね」
女子高生「うんうん! モザイクかけとくよ~」
女子高生「aspirinさんって言わなきゃ誰もわからないよ~」
あすさん「ちょっと待て……なぜ誰かに見せる話になっているんだ……」
女子高生「え~? なんでぇ~? aspirinさんのことすごい自慢できるんだけどな~」
女子高生「だって、あの影世界の英雄、aspirinさんが目の前にいるんだよ? 奇跡でもありえないことだよ」
あすさん「影世界の英雄なんてG9クリアすれば誰でも取れるのに……」
女子高生「いいからいいから! 今度は3人で撮るよ~」
女子高生「aspirinさん、真ん中にきて!」
あすさん「両手に墓……」
女子高生「パシャリ!!」



こうして新幹線の乗り場である三河安城駅に到着した。
女子高生たちがわざわざ案内してくれたのである。

しかし、疲労はすでに極限に達しているあすさんであった。

女子高生「aspirinさん!!またね~!」
女子高生「今度マビで会ったら絶対に声かけるから~!」
あすさん「は~い……またね~…」

ようやく解放される…。

あすさんは新幹線の指定席に座り、少し眠ることにした。


しかし眠れない。

また誰かにタゲられるかもしれないからだ。

………


誰からも声をかけられることはなかった。


べっ、別に期待してたわけじゃないんだからねっ!




のどが渇いたあすさんは、女子高生から受け取った飲みかけの蜂蜜ドリンクに気がついた。

粗雑なラベルの貼られたその小さな容器の中には、黄褐色で粘性の高い液体が半分ほど入っている。
キャップは開封され、明らかに飲まれた形跡がある…。


あすさんは恐る恐るキャップを開け、容器に口をつけた。

(*´・ω・):;*.’:;ブッ

蜂蜜ドリンクというより、蜂蜜そのものであった。

樹齢400年といわれるあすさんが引きこもりになって150年。
ずっと家にいて、光合成のために庭を歩く以外はマビノギに夢中になる毎日。
それが今、明海にそそのかされて重い腰を上げ始めたのであった。


明海「あすさんの都合のいい日はいつ?」
あすさん「今すぐでも」
明海「( ゚∀℃( `Д´)マヂデスカ!?」
あすさん「善は急げっていうだろう」
明海「急がば回れじゃないの?」
あすさん「では後日にしよう」
明海「ちょおあsだkldksldかfj;だsdj;うそうそ;;今すぐでいいの?」
あすさん「そっちに問題がなければ」
明海「( ・∀・)b OK! それじゃあ悪いけど、片道の運賃だけは用意してね!」
あすさん「これがもし冗談だとしたら、片道切符か…………」
明海「そんなこと絶対に(ヾノ・∀・`)ナイナイ」
あすさん「行くお♪ε= ε=ヘ( ^ω^)ノ テケテケ」
明海「バッチコ━━━щ(゚Д゚щ)━━━ィ」



冬の昼は短い。
あすさんが家を出ると周囲はすでに真っ暗であった。

冷え性の手をさすりながらバス停に向かう間、時計と夜空の様子をずっと気にしていた。
この見慣れた空の下へ無事に戻ってくることができるのだろうか──


バスは時間通りにやってきた。
いつものことながら、バスには誰一人として乗車していない。
運転手さえも。
といいたいところだが、この時代にはまだ全自動のバスは存在していなかった。


女子高生「でさーでさー、それが超ブサメンなんだって~」
女子高生「まじで~? ちょいググってみよっかな~」
女子高生「美人すぎる○○とか、イケメン○○とか、フッザケんじゃねー!!真面目にやれ!!って感じだけど」
女子高生「うわ、キモ。これなら早退職員のほうが100倍マシだわ」

無人のバスでどうして女子高生の話し声が聞こえるのか不思議だが、
ただあすさんが後ろのほうの座席に気づかなかっただけというのが有力な説である。

あすさん「(やれやれ……もし私が明海の言うようにイケメンだとしたら、ブサメンはこの世に存在しないだろう……)」

女子高生「んでさ~、プリクラの顔を思いっきり加工してみたわけよ」
女子高生「うっわ~キモーイ! でもキモイけど見入ってしまう~~」
女子高生「キモイもの見たさってあるよね~」
女子高生「誰得」
女子高生「きんもーーーっ」
あすさん「(そんなにキモイキモイ言わなくてもいいのに……っと…やばい…目が合った……)」

あわてて前を向いて座り直すあすさん。

女子高生「……」
女子高生「どした?」
女子高生「なんか今……」
女子高生「ん? なんか見えたの?」
女子高生「いや……ひょっとしてひょっとするとなんだけど……」
あすさん「(ひぃー……例外なくキモイキモイ言われる……)」

あすさんは走行中のバスの窓を開けて外に逃げ出したくなった。
後続の車と対向車にはねられ、体は原形をとどめぬほどに飛び散るであろう。

女子高生「(……ちょっと試してみるよ)」
女子高生「(え? なにすんの?)」
女子高生「(いいからいいから。…よし…)」

女子高生が携帯電話をあすさんのほうに向けると、


「デデーン!」

エンチャント失敗の効果音が鳴り響いた。


あすさん「この音は!!」
女子高生「プゲラゲラゲラ…」
女子高生「誰!?」
女子高生「aspirinさん、すごいです!最高です!」
女子高生「マジで?」
女子高生「あ!aspirinさん、お会いできて嬉しいです~!」
あすさん「ど、どうも……」
女子高生「なんだってえええええええ!」
あすさん「いきなり背後でデデーンって……」
女子高生「この音に反応するのはaspirinさんしかいない!」
女子高生「すげええええええええええええええ」
女子高生「aspirinさん!!サインください!!」
あすさん「いきなりクレクレですか……」
女子高生「サイン二つお願いします」
女子高生「もう制服でもカバンでも好きなところに書いちゃってください!」
あすさん「いや…それは普通にヤバい……」
女子高生「ギャハハハハハハハハハハハハ」
あすさん「じゃあ、このノートの…」
女子高生「うんうん」
あすさん「余白にでも」
女子高生「表紙に書いちゃってくださいよ~」
あすさん「そうですか、カキカキ……」
女子高生「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
あすさん「こちらにも、カキカキ……」
女子高生「きたああああああああああああああああああああああああああああああ」
あすさん「下手な文字で悪いけど…」
女子高生「おらっしゃああああああああああああああああああああああああああああああああ」
女子高生「あざーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっす!!!!!」

あすさん「驚いた……こんなところでマビノギやってる人と会うなんて……」
女子高生「こんな時間にどこへ行くんですか?」
あすさん「急用で………」
女子高生「あっ……どこか具合が悪いんですか…」
あすさん「私じゃなくて……」
女子高生「なんか道が渋滞してますね。まだだいぶかかりそう…」
あすさん「本当は急いでいるわけではないのですがね……」
女子高生「駅までですか?」
あすさん「いや、うんと遠くまで」
女子高生「ええ!!aspirinさんが自力で遠出するなんて………」
女子高生「天変地異の前触れじゃない!?」
女子高生「どうしよう………」
あすさん「あの…………」
女子高生「aspirinさん…うちらはついていけませんけど……どうかご無事で…」
女子高生「これ、ゴクッと飲んじゃって! 飲みかけの蜂蜜ドリンクだけど…」
あすさん「あ、ああ、ありがとう……」


あすさんは女子高生に励まされたが、かえって困惑した様子であった。
飲みかけの蜂蜜ドリンクに手をつけるなど……。


渋滞のため、バスは少し遅れて駅のターミナルに到着した。

女子高生「それじゃ、aspirinさん、これからも応援してます!!」
女子高生「ハァンタジーライフの更新が楽しみです!」
あすさん「応援をどうもありがとう」
女子高生「またね~!」
女子高生「おやすみなさ~い!」
あすさん「(……ブログはしばらく更新できなくなる恐れがある……)」

あすさんがバスの降り口で料金を支払った瞬間、

運転手「aspirinさん、すごいです!最高です!」
あすさん「ええぇ!?」
運転手「すみませんが、私にもサインをお願いできますでしょうか……」
あすさん「はあ……」

あすさんは大きな選択を迫られた。

明海の将来を決めることであるとともに、自分の立場を大きく動かされる問題に直面してしまった。
単なる釣りかもしれない。
実際に会ってみるまではわからない。
もはやお手上げである。


あすさん「住んでいる地域によるぞ…」
明海「樽帝院駅からすぐだよ」
あすさん「知らない地名だ……」
明海「新幹線で直行できるよ」
あすさん「ずいぶん遠いな……」
明海「大丈夫大丈夫! 来てくれたらあたしが全額負担するんだから」
あすさん「………負担してくれなかったらどうする…」
明海「信用できない?」
あすさん「さすがに…これは……」
明海「分割金利・手数料は明海が負担!!!!!」
あすさん「金額の問題ではなくて……」
明海「わかった。自分の家から離れるのが心配なのねwwwwww」
あすさん「∑(゚∇゚|||)はぁうっ!」


明海のほうが一枚上手──
そう考えてみると、むしろあすさんのほうが明海に妙な期待感を抱いてしまうようである。

引きこもりになって百余年。
自分の重い腰を持ち上げる機会になるかもしれない…と思うと、明海の提案からは引き下がることができなかった。


明海「(´・△・`)アーア…影世界の英雄、aspirinさんに会えると思ったのになぁ(´・ω・`)ガッカリ・・・」
あすさん「そんなタイトルはどうでもいい…」
明海「イケメンのあすさんを一目見たかったなぁ(´・ω:;.:...」
あすさん「(°д ゚)ハァ?」
明海「きっとピンクの衣装をかっこよく着こなしてるんだろうなぁ(´・ω:;.:...」
あすさん「なんという妄想……」
明海「(/ω・\)チラ」
あすさん「(´∩ω∩`)」
明海「モォ─ヽ[*`Д゚]ノ─!!!あすさん来てよ~~~~~《゚Д゚》ゴラァァァァァァァァァァァァア!!」
あすさん「●:・∵;(ノД`)ノ ヒイィィィ」
明海「あすさん! あたしだってあすさんの将来を心配してるんだからね!!」
あすさん「( ´゚д゚`)ぇーーー」
明海「あたしの誘いに乗らなかったら、次はいつチャンスがあるかわからないよ?」
あすさん「(´゚д゚`)」
明海「いいじゃない! あたしも救われるし、あすさんも救われるんだよ!?」
あすさん「(。-`ω´-)ンー…別に私は困っていないけど…」
明海「今はいいかもしれないけど、将来はどうするの?」
あすさん「私に将来などないのだよ」
明海「それじゃああたしの将来もないのと同じじゃない…そのくらいわかってよ…」
あすさん「ゥ─σ(・´ω・`*)─ン…」
明海「あすさんの協力が必要なの。あたしがあすさんを必要としていることくらいわかってるでしょ?」
あすさん「( ゚ω゚)フム」
明海「ほかの人は100%否定するだろう、って言ったじゃない。それなのにあすさんはあたしを見捨てる気? 無責任すぎるよ…」
あすさん「(;゜〇゜)……」
明海「あすさんが信じてくれなかったら、誰があたしを信じてくれるの……」
あすさん「なるほど……」
明海「(´・ ω ・)……」
あすさん「…………わかった」
明海「( ゚Д゚)ハッ!」
あすさん「ご両親は何と言っているのかね?」
明海「もうお金用意して待ってる」
あすさん「何━━━━ヽ(゚Д゚ )ノ━━━━!!!!」
明海「お母さんには、あすさんのこと家庭教師だって伝えといた」
あすさん「ちょ、ちょっと待て!!!!!この話はどこまで飛躍していくんだ!?!?!?」

明海は、あすさんに対して期待しすぎることはなかった。
あすさんはあくまで「助言を与える機械」にすぎず、問題を解決するのは機械ではなく自分だ、と思っているからだ。
この冷淡すぎるほどの合理的な思考により、明海はすぐに立ち直ることができるのである。


明海「高校進学していないあすさんには、やっぱり難しいのかな…」
あすさん「難しいもなにも、高校という時点でお手上げだよ。私の守備範囲を完全に超えている」
明海「ゥ─σ(・´ω・`*)─ン…」
あすさん「明海が自分の力でどうにかできるのが一番いい」
明海「(。-`ω´-)ンー」
あすさん「私が解決したらおかしいじゃないか」
明海「それもそうだね……なんで他人が……って……」
あすさん「しばらく考えてみるかね?」
明海「……待って……」
あすさん「あわてることはない」
明海「待って、あたしには無理……今のままで学校に行けるとは思えない……」
あすさん「そのことも含めて、しばらく考えてみるといい」
明海「あすさんも考えて」
あすさん「∩(・∀・)∩ モウ オテアゲダネ」
明海「真面目に考えて」
あすさん「真面目に考えたら∩(・∀・)∩ モウ オテアゲダネ」
明海「最後まで面倒みてよ……」
あすさん「( ゚д゚ )」
明海「本気のあすさんを見せてよ」
あすさん「Σ(;´△`)エッ!?」
明海「いつも手を抜いてるでしょ…」
あすさん「Σ(゚Д゚;エーッ!」
明海「…わかるよ、とぼけても」
あすさん「Σ(゚д゚) エッ!? オヨビデナイ!?」

明海「あすさんはいつも1%の力しか発揮してくれない…」
あすさん「(ヾノ・∀・`)ナイナイ」
明海「本当はあと99%の力が眠ってる……」
あすさん「ネ━━━━(゚д゚;)━━━━!!」
明海「あたしってそんなものだったのね」
あすさん「いやいや…明海の高校生活に関しては、私はこれ以上は何もしてあげられないぞ?」
明海「…………………」
あすさん「助けてやりたいよ。でも、どうやって? まさか一緒に登校しろと?」
明海「そんなの無理に決まってる…」
あすさん「仮にそんなことを実行したとしても、明海を助けていることにはならないはずだ」
明海「でも! あすさんなら! 何とかしてくれると思うじゃない!」
あすさん「違う。何とかするのは明海自身だ。私はただアドバイスやヒントを与えることしかできない」
明海「あたしにはぜんぜん足りないのよ」
あすさん「……それを私が満たしてやることは不可能だよ…残念だけど…」
明海「あすさんにはできない?」
あすさん「できない」
明海「…………………」

あすさん「私にできるのなら、とっくに何とかしているよ。間違いなく」
明海「……どうしてそんなにバカ正直なの……」
あすさん「真面目に考えるからこうなるのだよ」
明海「真面目…………」
あすさん「私も経験上、真面目に考えるだけでは行き詰るということを知っている。
 不真面目に考えたとしても、すぐに答えが見つかるわけでもないということも…」
明海「それはあすさんの1%の力ではないのね?」
あすさん「100%でこの程度だ。これ以上の力を出すには、別のものが必要になる」
明海「別のもの?」
あすさん「私以外の力だ」
明海「どんなもの?」
あすさん「私以外の力だったら何でもいい」
明海「あたしの力でもいい?」
あすさん「もちろん」

明海「じゃあ、こういうのはどう?」
あすさん「( ゚ω゚)フム?」
明海「今からあたしのところへ来て」
あすさん「(´゚д゚`)」
明海「来れる?」
あすさん「(´゚д゚`)」
明海「あたしの力で来てって言えば来てくれる?」
あすさん「本気で言っているのか? 本気だとしても…」
明海「無理? なぜ? お金がないから?」
あすさん「…………そのとおり…………」
明海「あすさんの力では無理ってことでしょ? でもあたしの力を使ったらどうなの?」
あすさん「どうするつもりだ……」
明海「あたしが運賃を出す。といっても親に頼むんだけど」
あすさん「待て……悪循環だ……」
明海「信じてもらえないかもしれないけど、あたしんち金持ちなの。あすさん一人を呼ぶのに困ることなんてないの」
あすさん「(;・`д・´)な、なんだってー!!(`・д´・(`・д´・;)」
明海「あたしはあすさんを信じてるよ」
あすさん「 ゚д゚ 」

あすさんは信用できる。
信用できるだけの何かがある。
その正体はわからないけれど、信じてよいという確信がある──

明海はそう思ってあすさんを信用し、学校で味わった苦痛を打ち明けた。




あすさん「それは…苦痛だ…」
明海「気にしないつもりでいたのに、もう学校へ行けなくなって……」
あすさん「明海が悪いわけじゃない。トイレに紙がなかったのが悪いんだ」
明海「先生にさらし者にされるなんて……あたしはもう一生バカにされる…」
あすさん「次の日から、自分の意思で学校を休むようになったわけだね?」
明海「どうだったか…わからない…体が…本能的に避けている…」
あすさん「ヽ(・ω・`)ヨシヨシ…明海の判断は正しい。それでよかった」
明海「でも………」
あすさん「今、こうして打ち明けるまでは、誰にも相談できなかったんだよね?」
明海「相談できる人なんているわけないじゃない…」
あすさん「そうか。だから明海の判断は正しかったといえる。後悔しなくてもいい」
明海「なぜ? そんなふうに言われても……」
あすさん「明海は人に相談しなかったのではなくて、することができなかったんだ。
 そのような状況で正しい判断を下すことは不可能に近い。
 だから今は、その判断が正しいのか間違いなのかを考える必要はないんだ」
明海「そっか……」
あすさん「誰かに相談したら、100%間違っていると言われるだろう」
明海「絶対そう言われるのに……あすさんは言わないの?」
あすさん「言わない。言っても意味がない。明海のためにならないからだ」
明海「あたしのため……」
あすさん「学校へ行けなくなったのは、行けばそこにいる人たちから否定されることがわかっているからだろう」
明海「うん………」
あすさん「そんなところへ行ったら、明海はますます苦境に追いやられることになってしまう」
明海「……………」
あすさん「私は、学校が間違っているとか、学校へ行ってはいけないと言っているのではない。
 今の明海にとっては、学校へ行くことが非常に危険であるということを言いたいのだ。
 だから、明海の判断は正しい。決して間違ってなどいないから、安心してほしい」
明海「あすさん……」
あすさん「むしろ私が、平日なのに明海がマビにいるということを疑問に思わなかったのがいけなかった」
明海「あすさん…そんな…もういいよ。それ以上言わないで。あすさんが悪いことになっちゃう…」
あすさん「ヽ(・ω・`)ヨシヨシ」
明海「どうしたらいいんだろう………」

ようやく落ち着きを取り戻した明海は、今後の自分の振舞いについて考えることにした。


明海「あすさんは、あたしのこんな話に付き合っていて大丈夫なの?」
あすさん「大丈夫、とは?」
明海「あすさんだってやることはあるでしょ。こんな余裕があるの?」
あすさん「やることがあるもなにも、これが私の仕事だからね」
明海「Σ(;´△`)エッ!?」
あすさん「あぁ、当然のことをしているだけだよ」
明海「あすさんの仕事?」
あすさん「そう。仕事みたいなものでしょ」
明海「ふーん……」

あすさん「明海は友達はいるのかな?」
明海「リアルで? マビで?」
あすさん「できればリアルで」
明海「あ……えっと……あたしの友達は……」
あすさん「(゚Д゚;∬アワワ・・・」
明海「;;;;;;;;;;;;;;;;;;」
あすさん「( ゚ω゚)フム……じゃあ質問を変えよう。明海はどんな学校に通っているのかな?」
明海「えーと……笑わないでね……」
あすさん「笑わないよ( ^ω^)」
明海「顔文字が笑ってる……」
あすさん「失礼……」
明海「あたし、役者を目指してるんだ」
あすさん「初耳だ…………」
明海「……意外だった?」
あすさん「すごく意外に思う……てっきり錬金術師の家を継ぐものかと……」
明海「まぁ、それでもいいんだけど……あたしは役者になりたいの」
あすさん「それ、何だろう?僕も知りたいです! 声優とか?」
明海「それもあるし、もっとドラマとか映画とかで活躍したいな~」
あすさん「(ノ゚ο゚)ノ オオオオォォォォォォ-(●'д')bファイトです」
明海「┏O)) アザ━━━━━━━ス!」
あすさん「アイバの声を担当する可能性もあるわけだね( ^∀^)ゲラゲラ」
明海「実写版マビで主役を演じてみせるわ( ^Д^)ゲラゲラ」

あすさん「( ゚ω゚)フム それで養成学校みたいなところに通っている、と?」
明海「(o´・ω・)´-ω-)ウンそうだよ」
あすさん「よくわからないけど…そういう学校だと友達関係が難しくなるものなのかな…」
明海「そうみたい……みんながみんな役者になれるわけじゃないもの…」
あすさん「弱肉強食の世界か……」
明海「でも頑張るよ……といっても……学校……どうしよう……」
あすさん「そうだな。どうにか登校できるようにしなければ、役者の道は閉ざされてしまうかもしれないからな…」
明海「どうすれば………」

明海「はぁ……。なんだろ……なんかマビをやるのも面倒になってる気がする……」

学校であったこと、原因不明の寒気と恐怖感、マビノギのメンテナンス──
さまざまな要因が重なり合い、しだいにやる気を失っていく明海であった。


明海「ゲームにすら退屈するあたしって…もう末期なんじゃないかな…」

マビノギとは、不思議な世界で冒険または生活をするMMORPGのことであり、
その舞台は壮大なファンタジーを描いたものであるとされ、
一生無料でプレイすることができ、ほのぼの系であるといわれている。

そのゲームで明海がしていることといえば、アイバの錬金術師の家アルバイトくらいで、
アルバイトの合間にはあすさんとチャットをするだけであった。


明海「あ~つまんない~! あすさんも退屈だし! もっと楽しいことはないのかな…」

つまらない、退屈だ、と言いながらもマビノギしか居場所のない明海である。
仕方なくログインすることにした。


あすさん「(^ω^ ≡ ^ω^)おっおっおっ」
明海「('A`)」
あすさん「Σ(`∀´ノ)ノ アウッ」
明海「もうマビやめるかも…」
あすさん「Σ(;´△`)エッ!?( ;´Д`)いやぁぁぁぁぁー!」
明海「だって…つまらないんだもん…」
あすさん「何かを詰めればいいのかな…」
明海「もう! あすさんのギャグもつまんないのよ!」
あすさん「ウワァァ。゚(゚´Д`゚)゚。」
明海「むかつく」
あすさん「(´;ω;`)ウッ…機嫌が悪いね……」
明海「別に…あすさんに対してじゃないよ…」
あすさん「何かあったのかな…(´・ω・`)」
明海「('A`)モウー」
あすさん「言いたくなければ、深入りはしないけど」
明海「………………」
あすさん「マビをやめる前に、理由だけ知っておきたくて」
明海「ま、まだやめると決めたわけじゃないよ!」
あすさん「あまり無理をしないほうがいいよ…」
明海「そんなんじゃないの。ただ………」
あすさん「あすさんなんて(゚⊿゚)イラネヽ( ・∀・)ノ┌┛ガッΣ(ノ`Д´)ノ(っ・д・)三⊃)゚3゚)'∴:. ガッってことか…」
明海「違う! さっきはちょっとキレてただけ。あすさんは関係ない」
あすさん「( ゚ω゚)フム」

ほのぼの系でありながら、時としてチャットは白熱する場合がある。
空気を読めないあすさんのギャグや、自虐的なジョークなどは日常茶飯事であった。

あすさんは多くの人の反感を買いやすい性格である一方で、
人の悩みを聞き出し、問題を解決へと導く能力にも長けている。
前者はどうしようもないバカであるが、後者はいわゆる「真面目あすぴん」と呼ばれるもので、
「普通にかっこいい」と思われる場合があり、好評を博しているという。

ほとんど勘違いであるが。



明海「あすさん、実は…」
あすさん「(゚∀゚)ナニ?」
明海「真面目に聞いてくれますか?」
あすさん「真面目に0),,゚Д゚)」
明海「……それって真面目なの?;;」
あすさん「(o´・ω・)´-ω-)ウン」
明海「('A`)…」

メンテナンス。


それはプレイヤーにとって暇な時間である。
ネクソンがどうであるかは誰にもわからない。


定期臨時メンテナンスは1時間の予定だが、とても長く感じられるものだ。

明海とて例外ではなかった。


明海「暇だ~~…。どうしよう。課題でもやるかぁ……」


学生はメンテナンスの時間を、宿題やレポートの作成に費やしたり、
自分の趣味で楽しんだり、他のオンラインゲームで遊んだりするものである。

大半の人が「現実」と向き合うための大切な時間、
「現実」を再認識するための貴重な機会、と考えることもできる。


明海「……う……なんだろう……寒い……気分が悪い………」

ノートを開いた瞬間、明海は原因不明の寒気に見舞われる。


明海「…なんで……寒い……寒くて体が…震える………」

寒さに震えながら、明海はまたベッドにもぐり込んでしまった。



すると…





ピンポーン。




インターホンの鳴る音が聞こえた。

半分眠っているような状態であるのに、その音だけが鮮明に聞こえた。


明海「(誰……誰なの……来ないで……この前に来たのも…誰……?)」


明海は気分の悪さと同時に、恐怖も感じずにはいられなかった。

まるで自分の眠るタイミングに合わせるかのように鳴らされるインターホン。

そこに、誰がいるのか……。



ピンポーン。



明海「(…いや…やめて……もう…吐きそう…………)」


ピンポーン。


明海「(…やめて…来ないで……ああ…やだ……怖い………!)」


ピンポーンピンポーンピンポーン。


明海「(悪霊退散…悪霊退散…悪霊…㌶㌍㌫㌻㍗㌫㍊㍍㌘㌶㌍㌫㌻㍍㍗㌘㌶㌍㌫㌻㍍……)」





明海「っは!」




どのくらいの時間が過ぎたのか。

明海は自分が何をしていたのかさえ覚えていない。

ただ気づいたら、何事もない状態になっていたのだ。



明海「…………夢?」

なんとなく視線を向けると、電源が入ったままのノートパソコンの画面が目に留まった。


明海「あ…そうだ……メンテだったんだ……もう、終わってるかな………。
 あ、でも、その前に課題………いや、いいや。先にマビやろう!」



メンテナンスはすでに終わっており、本来、学校から帰宅するのと同じ時刻になっていた。



明海「はあ………なんか、ぜんぜん意味なかったなぁ………」

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