マナビノギ

マビノギハァンタジーライフ

あすさんは夢を見ていた。


…マビノギの夢である。


場所はカリダ探検キャンプ──


ケルピー「青いドラゴン、レガトゥスは僕の命の恩人です」
あすさん「いつまで青いドラゴンを“人”と呼ぶつもりなのか……」
ケルピー「……」
ベリタ「男?んー…嫌いじゃないわよ」
あすさん「嫌いじゃないということは、好きでもないということだ……」
ベリタ「……」
アルネン「金で売れるなら魂だって売り払っちまうんだがな」
あすさん「金は命より重い……」
アルネン「……」

あすさんはカリダ湖へ上っていった。

レガトゥス「全ての光が…消えた…」
あすさん「じゃあ周りの光が見えるのはなぜ?」
レガトゥス「グルル…」
あすさん「消えたのは一部の光なのではないか?」
レガトゥス「……」


まだ希望の光はある──


あすさんは勝手に納得し、ケルピーから小型熱気球キットと発火石を購入しようとしたが、


インベントリのお金が足りません。


あすさんはアルネンと会話し、金貨を引き出し、再び発火石を購入した。

そしてフライングスターにまたがって空を飛び、温泉地帯を通過し、
火山オオカミのいる付近に着陸した。


インベントリから熱気球キットを取り出し地面に設置すると、一瞬にして熱気球が現れた。

熱気球に乗り、離陸を始めるあすさん。

あすさん「あ!!ワンド忘れた! ペットの中だ…」

熱気球に乗っている状態ではワンドを持っているペットを呼び出すことができないため、
着陸しなければならなかった。

あすさん「なんで30mまで浮上しないと着陸の操作を行えないんだ! すみやかに動いてくれよ……」

熱気球はホウキやペリカンなどの飛行ペットと比べて低速である。
離着陸にも時間がかかり、移動や方向転換も非常に遅い。


着陸したあすさんはペットを呼び出し、ファイアワンドを取り出して装備した。
使い込まれているため耐久力に乏しい武器である。

こうしている間も熱気球は燃料を無駄に消費し続けているため、すみやかに離陸しなければならない。


熱気球に気づいたアイスワイバーンの群れが一斉に戦闘体勢を取り、アイスブレスをチャージして襲いかかってくる。
一方、あすさんはワンドの力でファイアボルトをチェーンキャスティングし、ワイバーンを待ち構えていた。

ワイバーンが先に火を、いや、氷を噴いた。

アイスブレスは熱気球に命中し、あすさんもダメージを受けた。



あすさん「しまった! 全身を氷属性の装備にするのを忘れていた!!」



非常事態である。

アイスワイバーンの攻撃は氷属性であるため、全身9箇所の装備を氷属性で固めることによって
ダメージを常に1に抑えることができるのだが、このとき着替えるのを忘れてしまったあすさんは、
アイスブレスの直撃によって瀕死状態となってしまった。

あすさん「sldkfじゃ;sdfklじゃ;sldfkじゃうぇおぴらうぇいおjdkじゃ;slfかsd」

ワイバーンの執拗な攻撃でライフポーションを飲むことすらできなかったあすさんは、あえなく倒れた。

寒さを感じたあすさんは目を覚ました。

寒いはずだ。
あすさんは体が半分、池の中に沈んでいたからである。


あすさん「ワイバーン…ワイバーン…アイスワイバーン…。明海に助けを求める……」

あすさんは寝ぼけて携帯電話を持ち、いきなり明海に電話をかけてしまう。


明海「え……あすさんから電話…? はい、もしもし!?」
あすさん「Ask Nao for help...」
明海「……………はぁ?」
あすさん「氷属性を忘れた~」
明海「あすさん? いきなりどうしたの?」
あすさん「ワイバーンにやられた~」
明海「ワイバーン???」
あすさん「アイスワイバーン」
明海「アイス……って、今はマビどころじゃないの!」
あすさん「さっきはワンドをペットから出すのを忘れたし~」
明海「もうっ!!なんなのよ!?」
あすさん「ぼっばおぅ~ん…ぼっばおぅ~ん…」
明海「ファイアボルトがなんなのよ~~~~~~!?」
あすさん「アイスワイバーンは……」
明海「アイスバーン!?」
あすさん「バーン」
明海「あ、あすさん!?もしかして、あたしの状況わかってる?」
あすさん「私なら熱気球の上で氷漬けになって倒れてる」
明海「………そっか! この氷を溶かせばいいんだ……!」

画期的な発想が明海の頭に浮かんだ。



アイスバーンを溶かしてしまえばよい──



明海「…ファイアボルトなんてリアルじゃ使えないって言ってんの~~~~~~!!」
男子生徒「なんか叫んでるぞ…」
男子生徒「ほっとけよ…」
あすさん「だったらフレイマ…」
明海「ええい! うるさいっ!!!!!!!」

明海は通話を切った。


明海「あ! そうだ! この学校には熱気球クラブがある…!
 救急車が地上を走れないのなら、熱気球で病院まで運べばいいんだ!」


今度は画期的な発想なのだろうか…。

明海の通う高等学校は樽帝院の中にある。
自転車で20分、平坦な道を走るか、電車で数分で到着することができる。


自宅からそれほど離れているわけではないのだが、気温がどんどん下がっていることに気がついた。

自転車をこぎながら冷たい風に吹かれる明海。

明海「寒い! ってか冷たい~! こっちのほうは積もったんだ~」

学校に近づくにつれて積雪が深まっていく。

校舎が見えてくると路面にもうっすらと雪が積もっており、スリップ事故の危険性が高くなってきた。
案の定、転倒している人の姿が多数あった。


校門のところに人だかりができていて、なにやら騒動になっているようである。

明海「どうしたの……? 何があったの?」
教師「雪で滑った生徒たちが数十人、折り重なるように転倒して怪我を…」
男子生徒「いてえよぉ……動けねぇ……」
男子生徒「先生! これは足の骨が折れたかもしれません…」
教師「大丈夫か? まともに立って歩けるやつは何人だ?」
女子生徒「あ…足が冷えて感覚がなくなってきました……」
教師「ああ…誰か、校舎へ行って毛布を取ってきてくれ」
明海「あ…あの……あ」
男子生徒「俺が行ってきます!」
教師「頼んだぞ。気をつけてな」
男子生徒「うわっ!」

慣れない積雪で転倒する生徒が続出した。
気温が低く、倒れたままでは体温が下がり、危険な状態になってしまう。

男子生徒「…こうなったのってさぁ……」
男子生徒「…あぁ、絶対あいつのせいだ……」
男子生徒「…相葉の親がこんなに山を削ったからだ……」
男子生徒「…異常気象も全部あいつのせいだろ……」



明海の評判は悲惨なものである。

日本列島の山脈の大部分を平地にし、森や川を人工的な設備に作り変え、
完全な治水を実現させたかのように思われた相葉コーポレーションの革命的事業は、
工事が始められた1年半前から、異常気象を引き起こすものとなってしまっていた。

そのため、明海は高校へ進学する以前に多くの人から非難され、
中学校でできた友達を失い、事実上、孤立しているのである。


明海「……何とかしなきゃ……」
教師「非常に危険だ…。グラウンドが凍結して異常に滑りやすくなっている…」
男子生徒「立って歩くのではなく、地面をはって進んだほうが安全かもしれません」
明海「あたしが行きます」
教師「あ、相葉さん…」
男子生徒「どうせまたろくでもない結果になるだけだ。やめとけ」
明海「……ただ見ているだけでいいの?」
男子生徒「偽善にもほどがあるってもんだろ」
男子生徒「そうだそうだ! 助けたフリをして見直すとでも思ってんのか」
明海「なによ……わかったわよ! あたしの好きにさせてもらうわ!」
教師「ああ! 危ない!」

明海はあえて加速し、カバンをボディボードのようにしてアイスバーンの上を滑った。

男子生徒「すげ……いっそのこと滑っていけばいいのか?」
男子生徒「だめだな。あれじゃ途中で止まる」

明海はグラウンドの中央付近で止まってしまった。

明海「ううっ…冷たい……ここからどうやって進もうかな……」
男子生徒「ほら止まった」
男子生徒「二次災害になったな」
教師「ううむ……救急車がまだ来ない……路面の凍結が想像以上に深刻なようだ…」
男子生徒「救急車も二次災害を引き起こしかねないなぁ」
男子生徒「スケートリンクがこんなに怖いものだとは思わなかったよ…」
男子生徒「アイスバーンに慣れていないのもあるけど、こんな普通の靴だからな…」

女子生徒「先生……私……もう………」
教師「しっかりしろ!」
男子生徒「全身が濡れて体温が下がってるんだ…」
教師「おい、ちょっと上着を貸してくれ! 頼む! 先生も脱ぐ!」
男子生徒「は…はい…」
男子生徒「……凍り始めていますよ……」
教師「なんという寒さだ……。さっきからどんどん冷たくなっている…」
男子生徒「あぁぁ……眠ったらヤバいのでは……」
教師「起きろ! おい! 目を覚ませ!」


骨折の疑いのある男子と、低体温で危篤状態になった女子生徒。


明海はまず自分がアイスバーンから抜け出さなくてはならない。
そして、どうにか二人の生徒を救う必要がある。


明海「こんなとき……どうすればいいの…あすさん……」

明海は、まだ夢の中にいるであろうあすさんに必死に助けを求めた。

「(^q^)うぃくwwwwwwwwうぃくwwてんすwwwwwwぼくてんすwwwwwww」

午前6時を告げる、いけぬまの目覚まし時計である。


明海「ふう、もう朝か~。あすさんは……」

明海は床に敷かれた布団の周囲を見渡し、あすさんの姿がどこにもないことに気がついた。

明海「あれ……あすさん? どこ??」

布団は何者かに荒らされたかのように乱れており、何かを引きずった跡がカーペットに広がっていた。

その跡を慎重にたどっていく明海。



すると…


その跡は明海のベッドの下に続いていた。



明海「あすさん……」

あすさんは非常に寝相が悪いため、床を転がってベッドの下に入り込んでしまったのである。

明海「あすさん……なるほど……これじゃあベッドで寝られないわけよね……落下しちゃう……」

明海はベッドの下のあすさんにそっと布団をかけた。

明海「あすさん…今夜から寝袋で寝たほうがいいね。それとも体、縛っておこうか? フフッ」
あすさん「……だめだよ……おにーちゃん……」
明海「あらやだ……あすさんが寝言を………どんな夢みてるのかな……」

明海はあすさんの寝顔を携帯電話のカメラで撮影し、待ち受け画面に設定した。

空の様子を見るために窓へ向かう明海。


明海「なーんだ…ぜんぜん積もってないや……」

二重ガラスの窓は断熱効果が高くて結露しにくく、視界が常に良好に保たれる。

外を見ても雪が積もっていないため、明海はがっかりしてしまった。


明海「雪が積もったら、1時限目の牛岡の体育は雪合戦になると思ったのにな~…」

牛岡というのは第1話以来だが、明海に人前で恥をかかせた熱血体育教師のことである。
その名のとおり牛のような体格で、生徒や保護者にも人気のある先生だ。

明海「一時はあいつのせいでトラウマになったけど……。あすさんのおかげで、今は平気だよ……」
あすさん「……うしー……」
明海「あすさんは…お昼まで寝てるかな…」
あすさん「……しかー……」
明海「あすさんと登校できたらいいのにな…」
あすさん「……くまー……」
明海「これから学校で友達を作らないといけないなぁ…」
あすさん「……わにー……」
明海「あすさんのお弁当も作っておくね」
あすさん「……うまー……」



明海の部屋にはキッチンもある。
ロフリオスとは異なり、まともな食材が豊富にそろっている。


明海「あすさんは具の入ってないおにぎりが好きなんだっけ……塩を振って、これでよし、と……」

塩を振っただけの白いご飯をきちんと三角形に握り、弁当箱に詰めていく。

明海「うーん……おかず……どうしようかなぁ……」

あすさんは基本的に食事の手間がかからない。
回転寿司でも100円の皿しか食べない。
デザートはプリンで十分である。

明海「カレー…は…今から作ってたら間に合わないから……適当に玉子焼きでいいや~」

適当である。


明海「あすさ~ん、適当なお弁当だけど、ここに置い……あれ??」

ベッドの下にいたはずのあすさんが消えている。

明海「あすさん??愛妻弁当ですよ~~? 出ておいで~」

どうせどこかに転がっているのだろう──
そう思った明海は、自分のベッドの上に弁当を置こうとした。

明海「えっ! あすさん……」

あすさんはベッドの下ではなく、ベッドの上で寝ていた。
寝相が悪いにもほどがあるのである。

明海「あすさん、お弁当、蹴飛ばさないようにね……。それじゃ、いってきま~す」

明海は部屋から出て、すぐに戻ってきた。

明海「マビのダウンロードの続き、よろしくね! それじゃ!」

食事も無事に終わり、これでようやく眠りにつける──

どうせ寝室まで歩かなければならないのだろうが、やっと休むことができる…。

あすさんの長い一日が終わりに近づいてきた。


明海「ごちそうさま~」
あすさん「うまかった」
明海「さぁて、どうしよっかな~?」
あすさん「私は布団へ直行したい」
明海「きゃーーーーーーーーーーーーーーー」
あすさん「明海とは別々だろう……常識的に考えて……」
明海「えええええええ! がっかり~~~~~…」
あすさん「…本当に眠いんだ…ここで寝てもいいくらいに…」
明海「あたしの膝枕へどうぞ!」
あすさん「…やっぱり布団でいい…」


あすさんは1日7時間以上の睡眠を必要としている。
夜更かしをすればするほど、起きるのが遅くなってしまうのだ。


明海「あ……寝る前にマビにインしなきゃっ!」
あすさん「……もう勘弁してくれ……」
明海「あすさ~ん! もう少しだけ付き合って! ね!」
あすさん「眠すぎてマビなんて操作できない……」
明海「ついてくるだけでいいからぁ~! お願い!」
あすさん「パソコンの前で寝ちゃうよ…たぶん…」
明海「どんなパソコンなのか、あすさん興味あると思うんだけどな~」
あすさん「そうか……」
明海「ちょっとマビやったら寝かせてあげるから、もう少しだけ起きててね!」
あすさん「は~……い……」


執事に案内され“ネットカフェ”の部屋へ歩いていく二人。


執事「こちらがネットカフェでございます」
あすさん「………ぜんぜん違う………」
執事「5万人が同時にプレイできる環境です」
あすさん「5万人……5万台のパソコンか……」
明海「すごいでしょ~」
あすさん「まぁ…私と明海の世代だけでは5万人家族には達しえないがな……5人が精一杯だろう…」
明海「5人って、あすさん! 人数以前にすごいこと考えてない!?」
あすさん「冗談だよ……」
執事「それでは、ごゆっくり」


とにかく近い座席へ。
移動が面倒なあすさんは近場に座った。


あすさん「これが5万台もあるのか……1つ5万円としても、25億円分のパソコ………」
明海「なになに? どうしたの?」
あすさん「パソコン…? サーバの間違いだ……」
明海「これが?」
あすさん「なんでXeon…」
明海「じーおん?」
あすさん「サーバ用のCPUだぞ…」
明海「すごいの?」
あすさん「クライアント向きのものではない…」
明海「高いものなの?」
あすさん「何もかも高い。高いのだが、マビノギでは性能を生かすことができない…」
明海「もったいないのね…」
あすさん「だいたいわかったから、用が済んだら寝させてくれ…」
明海「はいは~い」

あすさんは目が半分寝たまま椅子に座り、起きているフリをして画面のほうを向いていた。

明海「………あれぇ…おかしいなぁ……」
あすさん「………どうした…」
明海「マビがない…」
あすさん「…………」
明海「ねーねー、あすさーん! どうすればいいの?」
あすさん「寝ればいいと思うよ…」
明海「ちょっと~! なんとかしてよ~」
あすさん「ダウンロードしてインストール…」
明海「よしよし、あすさん頼んだ!」
あすさん「マビノギ公式サイトにアクセスして…」
明海「公式サイトってどこだっけ?」
あすさん「……はあ……」

仕方なく明海と交替したあすさんは、マビノギのクライアントをダウンロードすることにした。

あすさん「……遅すぎる……」
明海「あら……混雑してるのかな……」
あすさん「推定残り時間が……朝までかかるぞ……」
明海「うっそ~~~~~~~?????」
あすさん「……ちょっと床で横になる……」
明海「わかった! じゃあ画面が進んだら教えるね!」
あすさん「……寝なくていいのか…明海は……」
明海「あたしも寝たいけどさぁ……マビもやらないと……」
あすさん「悪いことは言わない…。明日も学校なのだから…マビはあきらめて寝たほうがいい…」
明海「うーん……」
あすさん「私の言うことを聞いてくれるといいのだが……」
明海「あすさん………」
あすさん「明日やればいいじゃないか…」
明海「うん…そうする…。ごめんね、あすさん……こんな遅くまで……」
あすさん「そのパソコンは朝まで放置しておこう…。インストールは明日、明海が学校へ行っている間に私がやっておくよ…」
明海「わーい! ありがと~! あすさん!!」

パソコンを放置したままネットカフェを出る二人。

明海「あすさんがもうぐったりしてるから、あたしと同じ部屋で寝てもらってもいい?」
あすさん「どこででも……いいよ……」
明海「もう少しだからね」
あすさん「一晩ぐっすり眠ったら、明日はここまでひどくはならない……と思う……」
明海「ぐっすり眠ってね」


やっと明海の寝室へたどり着いた。
時刻は午前2時を回ったところである。


明海「あすさん、あたしの布団でおやすみなさい」
あすさん「明海は……」
明海「あたしはベッドで寝るから大丈夫!」
あすさん「そうか、おやすみ……」
明海「おやすみ~~」




こうしてあすさんの長い一日が終わった。

警戒心は緩んだものの、あすさんは大きな疲労感に見舞われてしまう。
まだ明海の母には警戒が必要であるし、今さらながら自宅に連絡を入れていないこともあるため、
家庭教師としてのあすさんの初仕事は非常にハードなものとなった。


明海「あすさーん! どう~? あたしの浴衣姿! 似合ってる~?」
あすさん「…………えーと?」
明海「まさか、あすさん……着方がわからないの?」
あすさん「慣れないので……」
明海「んも~…しょうがないんだから~」
あすさん「いやぁ…なんか、もう、ぐったりして……」
明海「はい! できたわよ。うーん…どうしよう? 食欲もないの?」
あすさん「簡単に食べられるものを頼もうかな…」
明海「わかった。じゃあ行こう~」


明海はあすさんの腕をつかんで引っ張っていく。
ますます積極性を増していく明海の行動に、あすさんは戸惑いの色を隠せない。


あすさん「やはり明海の体は左右対称だ…」
明海「まだ言ってる~」
あすさん「モデルとしてもやっていけそうだ」
明海「モデルか~! あすさんに言われると自信が沸いてくるなぁ」
あすさん「…でも、路線がそれると心配だ……」
明海「ああ、そっち系には行かないから大丈夫だよ~。あすさんだって嫌でしょ」
あすさん「うむ……」
明海「あすさんだってモデルになれるんじゃない~?」
あすさん「私には無理だよ……」
明海「そうかな~? 需要はあると思うけどね」
あすさん「……なんの需要……?」
明海「あすさんを見たい人もいるんじゃない?」
あすさん「……そういえば…ここへ来るときに……」
明海「え? スカウトでもされたの!?」
あすさん「…………タゲられた…………」
明海「タゲられた??誰に??」
あすさん「とにかく、いろんな人に……」
明海「ほらね! タゲられるということは、それだけあすさんが目立ってるって証拠でしょ~」
あすさん「そうか……でも、タゲが切れるまで必死に耐えて…疲れた……」
明海「あらあらあら……お疲れさま……」


足を引きずりながら歩くあすさんを引っ張っていた明海であるが、
そんなあすさんを察してからは、少し加減するようになった。


執事「明海お嬢さま、aspirinさま、お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
明海「ねーねー、あすさんは疲れてるみたいだから、座敷がいいんだけど」
執事「それはそれは……車椅子をお持ちしましょうか…」
明海「あすさん、どうする~?」
あすさん「いやぁ…」
執事「担架のほうがよろしいでしょうか?」
あすさん「いやいやいやいや…そこまで重症ではない…。どうせ持ってくるまでに時間がかかるのだろう…」
明海「あたしが押していくからいいよね。さ、歩いて歩いて」
あすさん「さすが…。毎日こんなに歩いている明海は元気がいい……」
明海「あすさんも慣れちゃえば大丈夫だからね」
あすさん「ははは……なんか、もう、どっちが面倒を見てもらっているのやら……」
明海「あははははは」
執事「なんとも楽しそうな明海お嬢さま……感激です……」
明海「泣いてる…」
あすさん「こんなに元気な明海は珍しいのか…」
執事「はい…このようなお姿は…初めてで……」

感激のあまり号泣する執事であった。

あすさん「…こんなことを聞くのはなんだけど……」
明海「なになに?」
あすさん「ちょっと執事の雰囲気が違っていたね?」
明海「あぁ、執事っていっても何人かいるらしいよ?」
あすさん「なん…だと…」
明海「あたしにも見分けはつかないけどね~」
あすさん「みんな同じに見えるぞ……?」
明海「うん」
あすさん「エージェント……」
明海「エージェント?」
あすさん「スミスとかブラウンとかジョーンズとか……」
明海「執事に名前つけちゃった?」
あすさん「マトリックスの……」
明海「あれか…。あんなんじゃないと思うけどな~」
あすさん「人工的な……」
明海「うーん。まぁ、その話は食べながらにしようよ」
あすさん「そうしよう。……まだ歩くのか…」
明海「それとも走る?」
あすさん「いいえ、歩きます……」


ようやく食卓にたどり着いた二人。
テーブルの上には色とりどりの食器が並べられている。


あすさん「あぁ…この皿に料理が出てくるのか…?」
明海「はい、メニュー」
あすさん「トーストと……サラダと……ホットココアでいいか」
明海「それだけで大丈夫?」
あすさん「うむ……さっさと食べて眠りたい…」
明海「そっか~」
執事「ご注文はお決まりでございますか?」
あすさん「このトーストと、サラダと、ホットココア」
明海「じゃああたしも同じでいいや~」
執事「かしこまりました」
あすさん「あ! あと! 明海の幼少期の写真を」
明海「あ、あすさん……そんな言い方すると…ヤバく聞こえるっ……」

執事「明海お嬢さまの…写真…でございますか…?」
あすさん「なければいいけど…」
執事「それは…今は…お見せすることが…できません…」
明海「あたしも見たい!」
執事「お…お嬢さま………」
あすさん「見せられない何かがあるな……」
明海「……まさか……」
あすさん「ああ、けっこう。写真を持ってこなくてもいいよ」
明海「え? 見なくていいの?」
あすさん「どうせフォトショップで加工した写真を持ってくるだろう」
明海「そ、そうか……事実は見せられないのね……」
執事「……申し訳ございません……」

執事は足早に厨房へ向かい、料理を持ってきた。

執事「お待たせいたしました」
あすさん「ん。ずいぶん早かったようだ」
明海「いつもこのくらいの速さで行動してほしいね…」
あすさん「……それでも、トーストは冷めている……」
執事「申し訳ございません。焼き立てをご用意いたしましたが、こちらへお持ちするまでの間に冷めてしまいました…」
あすさん「おいおい……飲食店として致命的な欠陥じゃないのか???」
明海「あたしは猫舌だから気にしてなかったけど……致命的だね……」
執事「明海お嬢さま、aspirinさま、本当に申し訳ございません…」
あすさん「ま、いっか……。食べよう」
明海「いただきまーす」


トーストとサラダとココアという、まるで朝食のように軽い夕食を食べる二人。

眠りに誘われ動作の鈍くなったあすさんの姿を見ながら、明海は十分な満足感を得ていた。

温泉でのぼせるほど体を温め、2日分の汚れを洗い流したあすさんが次に向かうのは、
待ちに待った品揃えのいいレストランである。

だがその前に、明海の誕生の記録を知らずにはいられなかった。

そんなことよりも、風邪をひかないように体をよくふいてから着替えるのが最優先である。


あすさん「温泉なんて久しぶりだった~」
明海「これから毎日でも入れるよ!」
あすさん「次に入るときは熱中症に気をつけよう…」
明海「飲み物も持参していかなきゃね~」
あすさん「また塩水を飲まされたんじゃぁ……」
明海「ね~」

更衣室へ入る二人。
しかし、部屋が男女別に分けられていないのである。
もともと家族で利用するつもりだからなのか、単なる設計ミスなのかはわからない。

あすさん「温泉に入るとき、明海はどこで着替えていたのかね…」
明海「へへへ……あすさんが目を覚ます前に着替えておいたんだ~」
あすさん「そうか……午前中にプールの授業がある日は、海パンをはいて登校した記憶があるなぁ…」
明海「わ~! 今より小さいあすさんを想像しちゃった~」
あすさん「たしかに、当時の私は気の小さい男だった……」
明海「小さいって…そういう意味じゃないよ…可愛い子どものあすさんってこと~!」
あすさん「可愛いかどうかは……もはや知る人もいない……」
明海「あたしは興味あるけどな~あすさんの過去」
あすさん「実は…私も知りたいんだ…自分の過去を…」
明海「あ……何か重大な思い出が…?」


あすさんには0歳より前の記憶がなかった
その代わり、0歳以降の出来事はすべて記憶している。


あすさん「温泉から出るときの“よくい”を着てみたかったんだ」
明海「よくい…………あぁ、“ゆかた”ね」
あすさん「これこれ」
明海「あすさん、それはバスローブっていうの」
あすさん「……浴衣じゃない?」
明海「どう見ても和服ではないでしょ?」
あすさん「……じゃあ、本物の浴衣は……」
明海「浴衣はこれ」
あすさん「それだ」
明海「ああっ! ちゃんと体をふいてから、これに着替えるの」
あすさん「タオルはどこに?」
明海「バスローブがタオルみたいなものなの。これを羽織っている間にふき取られるでしょ」
あすさん「そうだったのか」
明海「あすさんは家でこういうの着ないの?」
あすさん「風呂から出たら、タオルで拭くだけ」
明海「そっか~。これで一つ勉強になったね!」


本能的に浴衣を“よくい”と読んでしまうあすさんには、温泉はなかなかレベルの高いお風呂である。


明海「あすさん、いつまであたしを見てるの?」
あすさん「そのあとどうなるのかと思って」
明海「もーーーーっ! 女の子の着替えなんて見るもんじゃありません!」
あすさん「じゃあ見ない」
明海「あすさんって……」
あすさん「なに?」
明海「今のあすさんって、なにあすさん……?」
あすさん「なにあすさん………」
明海「だって……ぜんぜん違うんだもん…。真面目でもないし、ふざけてるわけでもないし…」
あすさん「第三のあすさん……」
明海「なんか……目が輝いて……好奇心に満ちた顔をしているよ……」
あすさん「好奇心あすさん……」
明海「まぁ、それだけあたしに興味があるってことよね~」
あすさん「そのとおり」
明海「ちょ…っ! ……こういうときは否定しないんだ……」
あすさん「私はただ純粋に興味があって、知識を得ようとしているだけだよ」
明海「知識か……うん。そう言われると妙に納得してしまう。たとえ先生になっても、学ぶ気持ちは忘れないのね」
あすさん「今のところ理不尽なことはないと思うけど……」
明海「あすさんはそうかもね。でもあたしは……そんなあすさんの突拍子もない言動に振り回されてる」
あすさん「申し訳ない……」
明海「んも~……なんで否定しないかなぁ~……」
あすさん「…………」
明海「ああっ! そんな……別に怒ってるわけじゃないよ???」
あすさん「ふむ…」
明海「あー。これって……んー……もしかして……?」
あすさん「なんだろう?」
明海「あたしが流れを完全に支配しちゃった~~~みたいな状況……?」
あすさん「そう思うかね?」
明海「そ…そう…うん…そう思う……」

あすさんは少し考えた。

あすさん「明海、それでいいんだ。それでいい」
明海「えー? なになになになに?」
あすさん「その調子だ。その調子でいけば役者になれるぞ」
明海「へ??こんな調子でいいの??」
あすさん「私が明海のペースに見事に乗った」
明海「ほほう……」
あすさん「この感覚が重要なのだろう」
明海「う? うーん……今回はあすさんの言っていることがわからない……」
あすさん「にやにや」
明海「にやにやって??」
あすさん「わからないだろう?」
明海「え? もしかして笑うところだった?」
あすさん「明海も私と同じで、自分の才能に気づいてないってことだよ」
明海「えーーーーーーーーー???????どういう意味~~~~~~~~~?????」
あすさん「明海には私の才能が見えるし、私には明海の才能が見える」
明海「ふむふむ……」
あすさん「でも本人には、その才能がまったくわからないということだ」
明海「あー…………そういうことか……。そういうことか……?」
あすさん「ね? どういうことかサッパリわからないでしょう?」
明海「ん~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~…」
あすさん「あまり考え込むと、見えるよ?」
明海「見える? …ちょっとっととととーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」



どうやら明海に対する疑いは杞憂だったようである。

今までの明海の言動は演技などではなく、本心であり、悪意は感じられなかった。

事実上、世界のほぼ半分を所有している明海の父親の会社は、
錬金術師がわずか1ヶ月で山脈を平地にしてしまうほどの強大な力を発揮し、
その後1年で鉄道や高速道路をも整備し、数億人が住むことのできる巨大な都市を完成させたのである。


都市の中心から離れた静かな土地に、今、あすさんと明海のいるビルが建っている。

その屋上の露天風呂のような温泉で二人はのぼせていた。


あすさん「……いかん……めまいがする……」
明海「お湯から出たのに体温が下がらない……」
あすさん「真冬の屋外で熱中症になるとは……」
明海「早く…冷たい水を……」

あすさんは執事から渡されたブザーのボタンを押した。

あすさん「なんだ…これ…呼び出しをするだけか…通話できるわけじゃないのか…」
明海「……ごめんね~……また何分か待たされるから……」


3分後…


執事「aspirinさま、お呼びでございますか」
あすさん「おせえよ………」
執事「申し訳ございません……」
明海「なんか冷たいジュースある?」
執事「はい。ただいまお持ちいたします」
あすさん「おい…今から持ってくるのかよ……往復で6分か? 今度は?」
執事「7分ほど…」
あすさん「緊急を要するってのに………」
明海「あすさん、蜂蜜ドリンクでいい?」
あすさん「それ…本当にドリンクか? 蜂蜜そのものじゃないだろうな……」
明海「野菜ジュースみたいなものがいい?」
あすさん「まぁ……こういう場合は生理食塩水が一番よさそうだな……」
明海「えっと…スポーツドリンクだよね? じゃああたしも同じものを」
執事「かしこまりました。7分ほどお待ちくださいませ」
あすさん「……早くしてくれぇ~……」
明海「意識が……」


7分後…


執事「お待たせいたしました。生理食塩水でございます」
あすさん「マジで持ってきやがった……」
明海「うっ………ただの塩水じゃ………」
執事「はい。医務室よりお持ちいたしました」
あすさん「気が利くんだか利かないんだか……」
執事「また何かありましたらお呼びください。それでは…」
明海「……ただの塩水……しかも生ぬるい……」
あすさん「いちおう処方薬の扱いなんだ。単なる塩化ナトリウムの水溶液なのに、医師の処方せんがなくては販売できない代物だ」
明海「なんて無駄な水溶液なの……」
あすさん「執事も真面目すぎるようだな……」
明海「こんなものが薬だなんて……」
あすさん「人間の体液に等しい浸透圧の食塩水に過ぎないのだが……」
明海「これがあたしの体液に等しい……」
あすさん「ゴーストの体液……」


生ぬるい塩水を飲み、どうにか容態が安定した二人である。


あすさん「これなら温泉の水をそのまま飲んだほうがよかっ…」
明海「あっ……!」
あすさん「雪……」
明海「わぁ~雪だ~!」
あすさん「温泉に降る雪か……風流だな……」
明海「積もるかな? 積もるかな?」
あすさん「これだけ冷え込んでいれば…積もるかもしれないな」
明海「うわーい! 積もったら遊ぼうね!」


雪を見てはしゃぎ出す明海。
急に元気を取り戻した明海を見て、あすさんは気になることを思い出した。


明海「雪だ~雪だ~楽しいな~! ……ん? あすさん?」
あすさん「…………」
明海「いやーん!!あすさんったら…あたしの水着姿に見とれちゃったの~?」
あすさん「いや、そうじゃない」
明海「えへへへ…見たかったら見てもいいのになぁ~。スタイルには自信あるんだよ♪」
あすさん「そう。そのスタイルなんだ」
明海「えっ!?ちょ、ちょっとぉ! どこ見てるの!!」

あすさんの目はいよいよ真剣になっていた。
まるで科学者が重要な実験を行い、経過を観察するときの目のようであった。

明海「み…見てもいいけど…手を出したらだめなんだからね??」
あすさん「明海、両足をそろえてまっすぐ立ってみてくれないか」
明海「ええ? 今度はなんなの~???????」
あすさん「両腕を前に伸ばして」
明海「えー? これはどういうプレイなの~?????」
あすさん「そのまま両腕を上に」
明海「いやーーーーーーーーーーーー…」
あすさん「片足でバランスをとって立って」
明海「こ、こう?」
あすさん「両足を伸ばして座って」
明海「はい…っ」
あすさん「首を左右に振って」
明海「ぶんぶんぶん!」
あすさん「まっすぐに私の顔を見て」
明海「じど~~~~~~~~~~~~」
あすさん「なるほど……」
明海「なああっ? なになになになに???一人で納得してないで教えてよ~~!!」

あすさんの目は真剣だが、決していやらしいものではなかった。

あすさん「最初に明海を見たときから、ずっと妙な違和感があったんだ……」
明海「違和感ってなによーーーっ! 失礼なっ! 素直に可愛いって言えばいいのに~…」
あすさん「可愛さとは違うんだ」
明海「はいはい、あたしに惚れちゃったのね」
あすさん「明海の体は、ほぼ完全に左右対称の形をしている」
明海「…………ええ? 左右対称? みんなそうじゃないの~?」
あすさん「いや。左右対称の人間はいない。目の形、耳の高さ、腕の長さなどは微妙に異なっているんだ」
明海「そりゃ、微妙に異なっていることくらいあるでしょうよ……。あたしだってそうじゃないの?」
あすさん「ところが、どうだ……明海の左右は肉眼では違いがわからないくらい対称になっている……」
明海「んも~!!それはあすさんの目が悪いからだってば~!」
あすさん「整形してもこんなに左右対称の体にはならない……」
明海「あすさん? あたし、これでもノーメイクだからね? 当然でしょ? お風呂に入るのに化粧なんてね? さ、体、洗おうか?」
あすさん「そうしようか」

あすさんは温泉から少し離れ、洗面器を裏返した上に腰かけた。椅子に座ればいいのに。
明海は焼き鳥の香りがするボディソープを手に取り、あすさんの背中にかがんだ。

あすさん「なんてジューシーな香りがするんだろう…」
明海「焼き鳥ボディソープだってさ」
あすさん「食べたくなるな…」
明海「食べちゃだめよ」
あすさん「このまま焼かれるとか」
明海「焼かないから」

明海は焼き鳥ボディソープを泡立てて、あすさんのきゃしゃな背中を洗い始めた。
頼りがいのなさそうな、猫の額ほどの狭い背中である。

明海「あすさんの背中……女の子みたい……」
あすさん「背中だけ女の子か……」
明海「肩も柔らかくて……女の子を触ってるみたい……」
あすさん「ふむ……」

自分は女の子と一緒にいるのではないか……
そう思った明海は恥ずかしくなってきた。



あすさん「ちょっと肩をもんでくれないかな」
明海「あら、肩こってるの?」
あすさん「長時間、緊張が続いたせいでね…」
明海「そっか~…じゃあサービスしちゃおうかな」

あすさんの貧弱な肩を両手でもみ始める明海。
やはり女の子を触っているような感覚である。

あすさん「両手で同時にもんでみてくれる?」
明海「…こうかな?」
あすさん「ああ…次は右手に力を入れて」
明海「…こ、こうかしら?」
あすさん「よしよし…次は左手だ」
明海「……あすさん……絶対、変なこと考えてるでしょ……」
あすさん「いやいや、そのまま続けて」
明海「もうっ…あすさんのえっちー…」

あすさん「明海、利き手は右だったかね?」
明海「そうだよ」
あすさん「鉛筆やはしは右手で持つ?」
明海「うん。昔からそう」
あすさん「ちょっと私の手を握ってみてくれないか」
明海「わわわ! あ、あすさん!!そんなにあたしに接触したいのね!!」
あすさん「そう、そうやって力を入れて、ぎゅーっと」
明海「きゃー」


この光景を、明海の母は目をそらさずに見ていた。

そして明海の母の姿を、執事は影で見守っていた。


明海「あすさ~ん…いつまで手を握ってるの? 体が冷えてきちゃったよ…」
あすさん「おっと……」
明海「温泉に入って握り直そうよ! なんちゃって」
あすさん「よしよし」

二人はのぼせた温泉に再び入っていった。

明海「あすさんの手も女の子みたい……」
あすさん「ふむ…ふむ…」
明海「そんなにあたしの手が気に入っちゃったの?」
あすさん「いや、そうじゃな…」
明海「もう! さっきから否定してばかりだよね!」
あすさん「いや、いや、本当に、そういう意味じゃないんだ」
明海「そろそろ本気で幻滅しちゃうよ…」
あすさん「明海の両手の握力が…」
明海「握力が~?」
あすさん「右と左で違いがない」
明海「んー……」
あすさん「で、右利きであることを意識したら、右手のほうが強くなった」
明海「……それで?」
あすさん「体形だけではなく、左右の運動能力も対称的ということだ」
明海「そうなのかなぁ~…」
あすさん「…………」
明海「で……対称的だから…なんなの?」
あすさん「違和感の正体は、もしかすると………」
明海「もしかすると………?」
あすさん「ホムンクルス……」
明海「……はい?」
あすさん「生体の標本に使われる薬品ではないぞ」
明海「それはホルマリン……」
あすさん「明海が人工的に作られた存在だとしたら……」
明海「……冗談でしょ~」
あすさん「明海、自分が生まれたときの記憶はあるか?」
明海「えー? ある人のほうが珍しいでしょ?」
あすさん「思い出の物品などはないか?」
明海「あー、写真ならあるんじゃないかな?」
あすさん「見たことは?」
明海「あたしは見たことないけど…」
あすさん「執事なら知ってるか?」
明海「聞いてみたら? 写真とか持ってるかもしれないし」
あすさん「行くぞ」
明海「えー! もうちょっと温まっていこうよ~」



ホムンクルス……

実は、ある錬金術師がホムンクルスなのである。
かなり身近な存在であり、それはあすさんとも親しい。

ホムンクルスというのは人工生命体のことである。

人間の種子とホワイトハーブ、牛乳、卵黄、クリの花、血と汗と涙の結晶を三日三晩、弱火で煮込んだものを放置し、
腐敗させると──腐敗臭が漂い、猛烈に気分が悪くなる。

そして49日が過ぎると、人間の子どもが興味本位でその物体を見にやってくる…

相葉家の風呂はどこにあるのか。
どんな大浴場なのか。
また移動に時間がかかるのか……


あすさんは若干ワクワクテカテカしつつ、執事に案内されて家の中を歩いていた。



あすさん「んっ? さらに上の階へ? ここが最上階で、上には何もないはずでは…」
執事「はい。屋上に素晴らしい露天風呂をご用意しております」
あすさん「屋上に!?」
執事「外は冷え込んでおりますが、きっとご満足いただけると…」
あすさん「77階建てのビルの屋上……地上よりもかなり寒そうだな……」
執事「地下1500mから湧き出る天然の温泉を汲み上げたものでございます。とても温まります」
あすさん「屋上の温泉なんて……誰かに見られるのではないか? プライバシーも何もないような…」
執事「ご安心くださいませ。この建物より高いものは周囲にはございません。誰も屋上を見ることはできないのです」
あすさん「な、なるほど……」


5分ほど歩き、屋上へ出る扉の前までたどり着いた。


執事「aspirinさま、こちらが更衣室になります」
あすさん「更衣室だけで、普通のビル1階分くらいの広さがあるぞ……」
執事「もし迷われましたら、このブザーでお呼びくださいませ。それでは、ごゆっくり」



あまりゆっくりしていては、食事の時間がなくなるのではないか──
この家では、なるべく急いで行動したほうがよさそうである。



あすさんは、安物だが純白の下着を脱いで、無数にあるロッカーのうちの1つに納めた。


あすさん「これだけ大量にロッカーがあったら、どこに入れたのかわからなくなるだろう……。
 いやいや、そもそも3人家族なのに、なぜ無数のロッカーが必要なんだ……???」


更衣室は暖房が効いていて快適であるが、外へ出たら……!
しかも更衣室から外へ出るまでの道が長そうである。


あすさん「出口まで1分半くらいとみた」


しかし3分かかった。
強風が吹き付ける屋上にようやくたどり着いた。


あすさん「うお~~寒いっ!!!で、温泉はどこだ??」


屋上に出ても、すぐには温泉が見つけられないほどの広さである。


雲の中に入るほどの高度ではないため、白い湯気の立ち込めているところが温泉であることはわかったが、
そこまで歩くのにまた数分かかってしまうのである。


あすさん「ここは走り抜けるしかないっ! うおおお! 走ると余計に風が冷たい!」


あすさんが走り出した瞬間、


明海「こらぁ! 走ると危ないよ! あすさん!」
あすさん「あああぁっ!」


グキュッ!
明海が大きな声で注意をしたため、あすさんは驚いて転倒してしまった。


明海「ほらほらぁ! プールでも走っちゃだめって言われたでしょ~!」
あすさん「…あ、明海がいきなり大声を出すから……」
明海「もうっ! 大丈夫?」
あすさん「ああっ! ちょ、ちょっと待って…」
明海「ん~?」
あすさん「あ、あっち向いてるから…先にどうぞ…」
明海「なになに?」


明海はすでに温泉に入っていた。


明海「やだぁ~! あすさん! あたしが裸でいると思ったの???????」
あすさん「……思ったの」
明海「大丈夫! ちゃ~んとタオル巻いてるよ!」
あすさん「びっくりした…」
明海「って……ひゃああああああ!!!!!!!」




あすさんは(略)であった。
リャクサレテルワァ*:.。..。.:*・゚(n;‘∀)η(略




明海「いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…」
あすさん「ごめんごめん…。温泉にはタオルを入れてはいけないものだと思ってたから……」
明海「うーーーーー……そりゃそうだけど………」
あすさん「ちゃんと注意書きをしてもらいたいね…」
明海「あすさんの真面目っぷりに驚かされる……」
あすさん「で、でも、ほら……温泉に入ってしまえば気にならない…よね?」
明海「あたしは気にするわよ~~~~っ!」
あすさん「じゃあ…執事を呼んでタオルを持ってきてもら…」
明海「いやー! 余計に恥ずかしいから呼ばないで!」


あすさんの珍事のせいで妙な雰囲気になった混浴の温泉。


あすさん「まいった……」
明海「せっかくの雰囲気が台無しじゃない…」
あすさん「……しょぼん」
明海「……あぁ……でも、あすさんがすごく真面目だってことはよくわかったよ!」
あすさん「………」
明海「ただの真面目じゃなくて……なんていうのかな…究極の真面目? みたいな………」
あすさん「………」
明海「あすさんのようなタイプはいない…っ!」
あすさん「そうなのか……」
明海「そうなのだよ」


あすさん「……ひとつ聞いてもいいかな……」
明海「なーに?」
あすさん「3人で暮らしているのに、ロッカーが無数にあるのはなぜなのかな……」
明海「さあ、なぜでしょう?」
あすさん「本当はもっと大勢で暮らしているのか、家族以外の人も利用するのか…」
明海「ん~……惜しいけど……」
あすさん「……違うのか……」
明海「あすさんなら気づきそうなことだよ」
あすさん「私が気づきそうなこと……?」
明海「そうそう、ほら、なんていうか………」
あすさん「無数のロッカーが意味するものは……」
明海「答えがわかったら…すごいかも……」
あすさん「…すごいものが答え……」
明海「そう、そうだよ……」


30分ほど考え込んでしまうあすさん。
温泉に頭までもぐったり、夜空を見上げたり、食事のメニューを思い浮かべたりしながら考え続けた。


明海「あすさん……そろそろ……答えを出して……のぼせそうだよ……」
あすさん「…………もしかして…………」
明海「なに………」
あすさん「答えは…もう…これしか考えられないのだが……」
明海「なになに……言ってみて……」



30分におよぶ長考であすさんが導き出した答えとは?



あすさん「ロッカーをすべて利用するくらいの大家族にする予定があるのか?」
明海「…………!」
あすさん「正解か?」
明海「………正解」
あすさん「そうだったのか…錬金術ははるか将来を見越していたわけだな……」
明海「でも……」
あすさん「ん?」
明海「現実には、お父さんの跡を継ぐ人がいないの……」
あすさん「そうか……相葉家には男子がいない……。明海が継がないといけないのか……?」
明海「あたしは役者になりたいのに…」
あすさん「私にも無理だ。錬金術といえばゴーレムしか使えない……」



温泉でのぼせそうになりながら、明海は突然、あすさんの目をまっすぐ見つめた。



明海「あすさん……あたしは、あすさんのことを思っているから、この忠告を受け入れてほしいの……」
あすさん「忠告……?」
明海「真剣に聞いてね……」
あすさん「わかった」
明海「お母さんは今後、あすさんに跡を継がせようとあらゆる手を使ってくるはず。
 でもそれは、あたしの知っているあすさんから自由が奪われてしまうのと同じこと…………
 弓で戦いたいのに、武器がシリンダーしかないような状態だよ……
 あすさんがそんなふうになったら悲しい……」
あすさん「…………じゃあ、さっき受け取ったお金には手をつけないようにしなくては…」
明海「こんなことになって…ごめんね……」
あすさん「たったの300万円で自由を奪われて……たまるか!!」
明海「あたしはあすさんと一緒にいたいけど……このまま一緒にいたら……………」
あすさん「……………」
明海「本当にごめんね……」


あすさん「今ここで手を引くこともできるし、そうしたほうが絶対にいいということもわかる。
 ……だが、私がここで立ち去ったら、明海の将来はどうなるんだ? せっかく希望が見えてきた。
 そうじゃないのか? 私だって明海のことを思っている。だから命がけでここまで来たんだ。
 私がいなくなったら、明海はまた以前の状態に戻ってしまうだろう……」
明海「……あす…さん……」
あすさん「……熱い……のぼせそうだ……ちょっと上がろうか……」
明海「はい……」
あすさん「…………あ」
明海「…どうぞ…あたしのタオルを…」
あすさん「おいおいおいお…!!!」
明海「…大丈夫…ほら…下に水着も着てたんだよ…」
あすさん「……用意がいいな……」
明海「ふふふ……」



視力の悪いあすさんは、明海の体を鮮明に見ることができない。


だから心の目で彼女の姿をとらえていたのである。



見た目にとらわれずに判断できる能力こそ、明海がもっとも評価しているあすさんの特質であり、
今まで誰にも感じたことのない魅力があすさんにはあって、夢中になる部分なのである。



温泉に30分も入ったままでいることは危険だから、あまり考え込まないようにしたほうがよい。



その一部始終を明海の母が見ていた。


会話は聞き取れなかったが、水着の明海と腰にタオルを巻いたあすさんの姿をじっと見つめていた。


そして、明海の母の姿を執事が見ていた。



執事「(明海さま、aspirinさま……お二人のお力なら、きっと奥さまのお気持ちを変えることがおできになります…)」

明海「あすさん、普通って何なの?」



明海はいきなり難題を提示した。
普通が何であるかという質問など、基準をどこに置くかで変わってしまうからだ。
そのため、あすさんも回答に詰まることになる。


あすさん「その質問に答えられる人はいないよ…」
明海「あたしは普通なの?」
あすさん「明海が普通だとすると、私は普通ではなくなる」
明海「あすさんが普通だとすると?」
あすさん「明海は普通ではなくなる」
明海「どっちが普通なの?」
あすさん「どっちも普通だよ。でも、どっちも普通ではない」
明海「……異常ってこと?」
あすさん「異常であることが普通なのだ」
明海「異常じゃない人が普通じゃないってこと……?」
あすさん「そんな人は存在しない。みんな、どこかが普通ではないからだ」
明海「普通ではないことがいいことなの?」
あすさん「いいか悪いかも決められないよ。あるときにはよくて、あるときには悪くなるかもしれないから」
明海「決められない……」
あすさん「普通かどうかを考えたって誰も得をしない。一人一人を考えることに意味があるのではないかな」
明海「……そっか……」
あすさん「普通の役者というのはどんなものかと聞かれても、答えようがないだろう?」
明海「たしかに…」
あすさん「普通の役者は役者なのかどうかも怪しい」
明海「役者ではないかもしれない……」

あすさん「明海が普通だと思っているのは、どんな人なんだ?」
明海「そう言われてみると……まったくわからない……」
あすさん「明海が自分自身を普通だと思うことができれば、それでいいのかね?」
明海「………思っても意味がない気がする……」
あすさん「普通と思うことに意味などない。ただ、似た人が集まることで強められる場合がある」
明海「……それであたしは学校に通っているわけか……」
あすさん「目的に合った学校に、同じ目的を持つ人が通う。理科室で楽器を演奏する人などいないだろう」
明海「空気が読めてないね……それこそ普通じゃない……」
あすさん「そういうことだ」


難しい質問だったが、どうにか納得のいく答えを与えることができたようである。


明海「やっぱりあすさんに来てもらって正解だったな~」
あすさん「いや、まだわからないよ」
明海「でも今は間違いなくいいんだよ」
あすさん「そうそう。今は、だ」
明海「それはあすさんも納得してくれる?」
あすさん「異議なし」
明海「よ~し! じゃあ今日の授業はここまでね!」
あすさん「はーい」
明海「ぶはっ! また立場が入れ替わってる!」
あすさん「時にはボケてみせるのも先生の仕事だ」
明海「aspirinさん、すごいです!最高です!」



明海の一連の反応は演技なのか──


十分な理解力のあることをうかがわせる明海であるが、それは演技力の高さを示すものなのか、
それとも、あすさんの説明がたまたま理解しやすかっただけなのかは、まだわからない…。


執事「明海さま、お風呂のお時間でございます」
明海「え? もう?」
執事「お勉強に夢中になられているようで…」
あすさん「…い…いつの間に現れた…」

気配を感じさせずに二人の前に現れた執事。
紳士的なスーツを身にまとった初老の男性で、明海が生まれたときから面倒を見ているため、
まるで孫娘に接するかのような口調と態度があり、優しい雰囲気が漂っている。

あすさん「お風呂のあとは、お食事でもあるんですか?」
執事「はい。ロフリオスのような偏った食事ではなく、素晴らしいメニューからお選びいただけます」
あすさん「それは楽しみだ」
明海「あすさんあすさん! あすさんもお風呂入るよ!」
あすさん「へ?」
明海「2日間も入ってないでしょ」
あすさん「あぁ…そうだった…」
明海「あたしが洗ってあげるから、一緒に来て!」
あすさん「………え?」
執事「aspirinさまもご一緒にどうぞ。お二人の親睦を深めるためでもあります」
あすさん「どこまでが演技なんだね?」
明海「演技? 毎日お風呂に入るのは常識でしょっ!」
執事「さ、どうぞこちらへ。お着替えも用意しております」
あすさん「執事も入ってくるのかね?」
執事「とんでもない……」
明海「あすさんってお風呂の時間が長いよね。何をしてるのか気になる~」
あすさん「私はただ動作が遅いだけだ……」
明海「じゃあスローなあすさんを見られるのね」
あすさん「見ないで~~~マジで~~~」


すっかり明海と執事のペースに乗せられているあすさんである。

浴場へと連れていかれた。

家庭教師というのは、いわゆる学校の先生とは異なり、免許や資格を必要とするものではない。
そのため学校の先生以上に実力や人柄、生徒との相性が問われる分野であるから、
あすさんの出る幕などほとんどないといっても過言ではないのであった。


明海「あすさんは何を教えてくれるの?」
あすさん「何を教える……うーん……」
明海「何を勉強したらいいのかわからないね」
あすさん「ちょっと教科書を見せてもらってもいいかな?」
明海「どぞ~」

明海は席を立ち、教科書のあるところへ歩いていった。
あすさんはあわてて呼び止める。

あすさん「待て待て、まさか…教科書が遠くにあるのか…」
明海「うん~」
あすさん「じゃあ…そこでやろう…」
明海「はーい」

レストランから2分ほど歩いていくと、明海の学習机らしきものが置かれているところにたどり着いた。

あすさん「こんなに部屋を広く作って…大変だろう…」
明海「どうってことないよ。慣れちゃえば!」
あすさん「いつになったら慣れるかな…」
明海「気にしない気にしない! はい、これが教科書の全部だよ」
あすさん「どれどれ……」

あすさんが適当な教科書を手に取り、パラパラとページをめくってみる。

あすさん「……な、なんだこれは……」
明海「アッー!」

教科書の至るところにカラフルなペンで落書きがされている。しかも妙に見覚えのある絵だ。
人形っぽい目、微笑む口、ピンクのローブ……
一目でaspirinを描いたものであることがわかってしまった。

あすさん「どんだけaspirinラヴなんですか……」
明海「いや~! 落書きはどうでもいいの!」
あすさん「授業中も頭はマビのことでいっぱいか……」
明海「もうっ! 仕方ないじゃない~~」
あすさん「じゃあ…ノートのほうも…やっぱり……」
明海「これは見せないっ!」


明海との授業は難航した。
学習どころではない話題が次々と飛び出してくるからである。


あすさん「はあ……授業を始めるつもりの時間から、もう1時間が過ぎてしまった…」
明海「あっという間だね。あすさんとしゃべるの楽しいから」
あすさん「いやぁ…でも…これじゃだめだ……」
明海「楽しいから、いいってことにしようよ~」
あすさん「明海のお母さんがなんて言うか……」
明海「お母さんも、別にあすさんに期待なんかしてないと思うよ~?」
あすさん「ぶはっ!」
明海「あぁっ! あたしは期待してるからね!」
あすさん「お母さんも、って…」
明海「あーっ! 違うの違うの! 一般論として、だよ。あたしは期待してるよ!」
あすさん「まぁ、いいか……期待されても困るし……」

明海「あすさんって体育はだめなんだっけ?」
あすさん「だめすぎる」
明海「運動が苦手?」
あすさん「正確に言うと、運動そのものが苦手なのではなく、他の人と協力したり、競い合ったりするのが苦手」
明海「たとえば?」
あすさん「うーん、逆に考えよう。一人で体を動かすだけなら、別に苦手なことはないんだ」
明海「ほう!」
あすさん「試合や競技という概念がある運動は、基本的にだめと思っていい。野球もサッカーも、大縄跳びも、リレーも…」
明海「試合のないスポーツって…なんだろう……」
あすさん「球技などはほとんどアウトだ。一人だけでは成立しえない運動だからな。一対一でも相手がいるのだから、アウトだ」
明海「体操とかはどうなの?」
あすさん「それは悪くない」
明海「おお!!」
あすさん「でも体操の授業なんて、無視されるくらいの内容だった」
明海「水泳は?」
あすさん「ほとんどだめだ。全身の連携が上手くできず、息継ぎの要領が身につけられない」
明海「ぜんぜん泳げない?」
あすさん「頭を水面から出していなければ泳げない。犬かきだな…」
明海「そっかぁ…無理は言えないね。泳げない人にとっての水泳は、命にかかわるもんね……」
あすさん「明海はよく理解しているな……私が教える必要もないくらいに……」
明海「よく理解できるよ。理解しようとしてるんだから…」
あすさん「……まいったな……」
明海「なにが?」
あすさん「どっちが先生なのかわからなくなってきた」
明海「うははは! そうだね!」


明海の鋭い洞察に驚かされるあすさん。
これほどの理解力を持っていながら、どうして学校へ行きづらいと感じるようになったのか。

それ以上に疑問なのは、億万長者なのになぜ役者になる夢を抱いているのかである。
わざわざリスクの大きな将来を目指すことが本当に必要なのか……。


ここへ来てあすさんは、明海に釣られているのではないかと思い始めた。


あすさん「……そうだ!」
明海「なになに?」
あすさん「ちょっと気が早いけど、進路相談をしよう」
明海「進路相談……」
あすさん「生徒の進路について考えることも先生の仕事だからな」
明海「おお~! かっこいい!」

役者志望の明海を徹底的に追及することになった。

あすさん「役者になりたいと言っていたね?」
明海「うん」
あすさん「どうして役者になりたいのかな?」
明海「……あたしもお父さんみたいに目立つ存在になって、人の役に立ちたいと思ったから……」
あすさん「お父さんにはまだお会いしていないけど、その偉業は全世界を震撼させるほどの影響を及ぼしている」
明海「お父さんの会社が、日本のGDPの650%を占めているんだって」
あすさん「信じられない数値だな。世界のほぼ半分に匹敵するんだぞ…一つの会社が…何かの間違いなんじゃないのか…」
明海「間違いだとしたら、あたしの身の回りにあるものは全部うそってこと。あすさんは夢か幻覚を見ていることになるよ」
あすさん「………お父さんを超える存在になりたいと思うようになったわけだね?」
明海「うん。だってあたしにはお父さんみたいな錬金術は使えないから……」
あすさん「役者としてテレビや舞台の上に立てば、目立ったことになるわけか……」
明海「お母さんはあたしに、普通に進学して、普通に就職して、普通に結婚でもすればいいって言うけど、
 お母さんはお父さんを好きではないみたいで……結婚という部分が、どうしても信用できないの」
あすさん「な…なんてことだ………」
明海「……そもそも普通って何なのか……お母さんはあたしを普通と言うけれど……じゃあ普通じゃないものって何なのか……」
あすさん「なるほど……」
明海「だから…ね……あたし、学校でも友達ができなくて……」
あすさん「まるで次元が違うように思われているね……」
明海「……何も悪いことしてないのに……」
あすさん「大変だね…」

涙を浮かべながら話す明海。



これは演技なのか?



役者志望の人間なら、このくらいのパフォーマンスはあるかもしれないと、あすさんの緊張はいっそう高まっていった。

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