マナビノギ

マビノギハァンタジーライフ

いつでも、どこでも、気が狂ったように“ファンタジーライフ”を経験するあすさんと明海。
それはファンタジーとは別次元であることは明らかであった。

その二人が新たな犠牲者を出そうとしているのである。


凛は笑いを必死にこらえながらスマートフォンを操作し、その有害なゲームを検索した。


凛「……あれ? 話とは違うものが出てきたよ…?」
明海「それがマビの現実なのよ」
凛「…マ…ナ…マナビノギ…?」
明海「わーっ! だめ!!それは見ちゃだめ!!」
凛「えっ……」



明海は凛の手を取り押さえようとするが、すでに遅かった。



凛「こ、これは…!」
明海「あああああ……」
凛「……………」
明海「なんてこと…見てしまったのね…」
凛「冒険がある! 生活がある! ほのぼの系無料オンラインRPG」
明海「あああ……」
凛「無料で遊べるほのぼのオンラインRPG マビノギ」
明海「…………」
凛「……………なるほど」
明海「ど、どうかしら…?」
凛「オンラインRPGなんだね」
明海「ちょ! 気づくところがおかしいよ???オンラインなのは当たり前でしょ??」
凛「へえ~~」
明海「へえ~~って……おいおい……」


スマートフォンを使いこなす凛が“オンラインゲーム”の存在を知らなかったことに驚く明海であった

凛はそれまで三角形だった目を丸くさせて、あすさんと明海の壮絶な“ファンタジーライフ”の話に聞き入った。

やがて凛の警戒は解かれ、ほのぼのとした雰囲気に包まれるようになった。


凛「あすさん、すごいです!最高です!」
明海「ちょっ…だーかーらー! そういう話じゃないの、わかる!?」
あすさん「( ゚д゚ )」
凛「あすさんもすごいけど、二人がそこまで必死に…いや、熱中するゲームもすごいと思う」
明海「な……なんか引っかかる言い方ね…」
あすさん「事実でしょう」
凛「そうでしょう」
明海「うう……否定できないところが悲しいわ……」


あすさんと明海が必死であることは誰の目にも明らかなのであった。


凛「さっそく、どんなゲームか調べてみるよ」
あすさん「病院内では携帯電話の電源をお切りください」
凛「スマートフォンだから大丈夫です」
あすさん「……そうなの?」
明海「さ、さあ…?」
凛「この病室、無線LANがきてるよ。ここで直接、ネットにつなげられるよ」
あすさん「そのままマビもやればいいのに」
明海「ほんとに」
凛「今度、ネットブックを持ち込んでみようかな」
あすさん「今すぐだ」
明海「そうだ」
凛「( ゚д゚ )」


もはや依存症を通り過ぎ中毒に陥っている二人と、すでに侵され始めている凛であった。

凛は少し考えてから、あすさんを見上げて恐る恐る話しかけた。


凛「あの…あすさんというのは…」
あすさん「σ(゚∀゚)オレオレ」

あすさんは口頭で顔文字を話す。

明海の母「あすさんはアセチリサ…サルファー…酸? で、明海の家庭教師なのよ」
あすさん「( ゚д゚ )」
明海「お母さん、アセチルサリチル酸だよ。しっかりしてよ」
あすさん「よくできました」
凛「…アスピリン…?」
明海「そうそう。だからあすさんなんだよ」
凛「解熱鎮痛剤だったよね」
明海「いやいや! むしろ発熱激痛剤だよ!」
凛「ははは!!本当にそうみたいだね」
明海「ちょっと! そこ! 笑うところじゃないんだってば!」


凛は明海と2メートル近い身長差のあるあすさんを見上げて微笑んだ。


凛「そろそろ戻ろうか。立ち話もなんだから」
明海「さっさと帰ろう」
明海の母「ちょっとラウンジに行ってくるわね」
執事「ちょっと便所のトイレへ……」
明海「はーい」
あすさん「ラウンジ…」
明海「シールドじゃないんだからね?」
あすさん「( ゚д゚ )」
凛「……ぷぷ」


あすさんは手を触れず、凛が明海の車椅子を一人で押して病室まで行った。


凛「久しぶりに笑った気がするよ」
明海「いつも笑ってるじゃない?」
凛「作り笑顔……なんだ…」
明海「そうなの? そうは見えないけど?」
あすさん「( ゚д゚ )」
明海「あすさん、顔文字は邪魔だから…」
凛「くくく……顔文字が面白いよ」
あすさん「( ゚д゚ )」
明海「もう! そんなに凝視しないの!」
凛「はっはっは!」


にぎやかな3人は明海の病室に入っていった。

ジェームスというのは、イメンマハの大聖堂に立っている顔の長い不審な男である。
彼は不規則に「小さいことから、実践してください。それがやさしです。」という預言をするため、
感化されたあすさんはジェームスをバファリンの主成分だと勘違いしていたのだ。


明海の母「ええと…二人で散歩でもしていたのかしら?」
凛「は、はい。べ、便所のトイレへ」
明海の母「まぁっ…便所のトイレ……」
明海「ちょっと! そういうタイミングであすさんみたいなボケをしないでよ!」
あすさん「ほう…」
執事「まぁまぁ…aspirinさまのご愛嬌ということで…」
凛「???????」


凛は事情をまったく飲み込めないようである。


あすさん「甘いな………。お母さん、もう一度さっきのセリフを言っていただけますか?」
明海「お…おかあさんですって!?!?あすさん!?」
あすさん「(ジッと見つめてニヤリと笑う)」
明海「…………………あっ」


明海はあすさんのペースに簡単に乗せられてしまうのである。


凛「あはは……みんな仲がいいんだね」
明海「あのね、これはね、あすさんがね……」
明海の母「さっきのセリフというと……二人で散歩でもしてたのか、でいいのかしら?」
あすさん「たまには散歩もいいわね」
明海「フレッタ……」
あすさん「『ピーピー』」
凛「ははは…なんだかよくわからないけど面白いね」
あすさん「うむ」
明海「ちょ…あすさん…これは冷笑されてるのよ…」
凛「そんなことないよ。僕はこういう笑い方なんだ」
あすさん「うむ」
明海の母「明海、体はなんともないの?」
明海「まぁ、特には…」
凛「うん、さっきより元気になったみたいだよ」
執事「やはり明海さまはaspirinさまとご一緒でなくては!」
明海の母「そうね」
明海「もおぉ~~~~~~~っ!!」
あすさん「ウシ━━━━━━━(☆・(∀)・)━━━━━━━!!!!!」

同じ2本の足がついているといっても、明海とあすさんのそれは違う。

安静が必要な体でありながらも自由に歩き回る明海と、
健康体のくせに椅子に座ったまま硬直しているあすさんなのである。


明海の母「昔から落ち着きのない子でしたから、そんなに心配することはないですよ」
執事「は、はい……aspirinさま、どうかご安心を…」
あすさん「たとえ怪我をした部位が手だとしても、傷口が化膿すれば発熱や全身の倦怠感が起きる場合がある…」
明海の母「……というと?」
あすさん「絶対安静が必要なはず…」
執事「あ、ああぁ……やはり明海さまの身に何かあったのでは……!」
あすさん「おや? 誰か来たようだ」


エレベーターから降りてきたのは、車椅子に乗った明海と、それを押す凛であった。


明海の母「明海!」
執事「ご無事で……」
明海「…あ、あすさん…」
あすさん「ほら、やはり自分の足では歩くことができないでしょう」
明海「……何の話?」
明海の母「…えっと……あなたは…?」
凛「あ、どうも! はじめまして」
明海の母「明海と同じ学校の子ね?」
凛「1年の馬塲凛といいます」
執事「おお……あの半分がやさしさでできているという……」
あすさん「ジェームス……」
明海「それは違う……」
凛「????」
明海の母「バファリン……」
凛「…え…あ…まぁ、はい、そう呼ばれてます…」


明海「(もうっ!!あすさん、明らかに変なボケをしないでよね! 空気がおかしくなったじゃない…)」


明海はあすさんをにらみつけてそう思った。
しかしあすさんには伝わらなかった。

明海の母「それで明海が納得するなんて納得できません」
あすさん「いいシャレですね」



いつの間にか体調がよくなっているあすさん。
まずは明海の母を納得させる必要がある。



あすさん「波風の立たない展開はありえないと考えるべきです」
明海の母「…それは、たしかに、ずっと順調なことなんてないけれど……」
あすさん「海や川の堤防を高くすれば水害は防げる、と昔の人は考えたのです」
明海の母「そうですね」
あすさん「しかし現実には、堤防を越える水が押し寄せることもありました」
明海の母「それで……決壊した、と……?」
あすさん「そうです。高くするだけではだめなのです」
明海の母「ではどうすれば……」
あすさん「地震に強い建物についても考えてみてください」
明海の母「耐震構造……」
あすさん「揺れに耐える。とにかく耐える。家を揺らさないぞ! という発想ですね?」
明海の母「そうです」
あすさん「しかし現実には、揺れに耐えようとしたために逆に建物が崩壊することがありました」
明海の母「……なるほど……」
あすさん「揺れにあわせて建物も揺れる構造にし、地震のエネルギーを穏やかに逃がす工夫をしたほうがいいのですよ」
明海の母「ということは……」
あすさん「堤防の話に戻すと、高さよりも奥行きのある構造にし、水があふれても穏やかに流れるようにするのです」
明海の母「そうですか…。なんでもガチガチに固めればいいというわけではないのですね」

あすさん「教育でも同じです。四六時中ずっと先生がついて授業をすればいいというものではありません」
明海の母「息抜きも必要………」
あすさん「内容の詰め込まれた教育は効率が悪いばかりか、実際に成果を上げられないことも多いのです」
明海の母「でも、それであすさんの仕事が終わってしまうなんて……」
あすさん「このくらい大げさに切り出さなければ、明海の母親であるあなたに理解してもらえないと思ったからですよ」
明海の母「えっ……と、いうことは……じゃあ……??」
あすさん「私はどこへも行きませんよ」
明海の母「……よかった……」
あすさん「ただ、少し大げさに演出しておかないと、事の重大さが伝わらないまま次に進んでしまうことになりかねないので」
明海の母「明海の態度の変化が、それほど大きなものだったということですか…」
あすさん「学校で初めて友達ができたとすれば、明海にとっては非常に大きな変化になるはずです」
明海の母「よくわかりました…」


適当に説明し、明海の母を納得させることに成功した。

すると、執事がものすごい勢いで二人のところへ走ってきた。


執事「奥さま!!大変です!!」
明海の母「どうしたの?」
執事「明海さまが…病室におられないのです!」
明海の母「トイレとか、食事に行ってるんじゃないの…?」
執事「っは……」
あすさん「…そんなに動けるほど回復しているのだろうか…」

あすさんに金をつかませておけばどうとでもなる──

明海の母はタカをくくっていた。


しかし今、目の前で起きているのはどういうことなのか。
あすさんはその金を受け取らず、すぐにも撤退しようとしているのである。



明海の母「……では…どうすれば残ってくれますか?」
あすさん「残るか残らないかの問題ではないのですよ」
明海の母「月謝を2倍……いいえ、10倍払うことで残ってもらえますか?」
あすさん「金額の問題でもありません」
明海の母「では娘は…どうなるのですか…」
あすさん「心配しなくてもいいではありませんか」
明海の母「……なんてこと……」
あすさん「明海はあなたに心配される必要がありますか?」
明海の母「そ…そんな…」
あすさん「はっきりと申し上げましょう。この家庭では誰も幸せになることはできません」
明海の母「…………」
あすさん「“錬金術を通じて物質を変化させることより人の心を変化させることのほうが難しいものです”」
明海の母「……その言葉は…!」
あすさん「この意見はもっともなのですが、言っている本人に問題があるため、今ひとつ説得力に欠けています」
明海の母「人の心………」

人間ではないあすさんが、このような発言をするのは実に不思議なことである。
別の生物なのに、妙な説得力がある。



あすさん「だいたい明海が入院しているのに、見舞いに行こうともしないのですね」
明海の母「それは……わたくしにも仕事があるから……」
あすさん「そうですか。どうせ今の明海は親も、私も、見舞いに来ることを期待していませんけどね」
明海の母「……行きましょう……」
あすさん「仕事があるのでしょう」
明海の母「……明海の見舞いに行きます」
あすさん「いってらっしゃい」
明海の母「あすさんも…お願いします…」


あすさん、明海の母、執事の3人が屋上のヘリポートへ向かうと、天候が再び荒れ始めてきた。


あすさん「……地上を走っていくことはできないか?」
執事「は、はい……ただいま手配いたします……」

エレベーターで6分かけて地上まで降りると、天候が回復した。

あすさん「……どうする……」
明海の母「地上を走りましょう…」
執事「お車の準備ができました」
あすさん「早いな」

あすさんの前にやってきたのは、ピンク色に点滅するごく普通のリムジンであった。

あすさん「この車は誰の趣味なのかね…」
執事「もちろんaspirinさまのご意見を反映させたものでございます」
明海の母「ピンク点滅なんてレアだと思いません?」
あすさん「……どういう原理で点滅しているのだろうか……」


ピンク点滅リムジンは、内装もピンク点滅であった。


あすさん「すごい……」
執事「このために色指定染色アンプルを10個も使いました」
あすさん「10個……」
明海の母「気に入っていただけたかしら……」


あすさんは鮮やかなピンク点滅リムジンに乗り込み、気分が悪くなった。


執事「……もうすぐ到着しますから……」
明海の母「…ちょっと点滅が過剰すぎたのでしょうか……」
あすさん「快適だけど、点滅がきつすぎる……」

あすさんは乗り物酔いよりも気分が悪くなり、病院に到着するころには意識を保つことさえ困難になった。


執事「aspirinさま……病院へ行かれたほうがよろしいでしょうか…」
明海の母「なに言ってるの? ここがその病院じゃないの」
執事「そうでございました……」
あすさん「大丈夫……少し外で体を冷やしてくる……」
明海の母「では、わたくしは先に行ってきますね」
執事「はい。ご案内いたします」

あすさんは雪の混じる北風に身をさらし、明海の母と執事は病院へ入っていった。

執事「明海さまの病室は…」
明海の母「何階?」
執事「……少々お待ちください。受付で聞いてまいります」
明海の母「……さっき行ったはずじゃなかったのかしら……」
執事「奥さま、6002号室でございます」
明海の母「じゃあ6階なのね」

すると、あすさんがものすごい勢いで走ってきた。

あすさん「ちょっと待って~~~~~!」
明海の母「あ、あすさん! もう平気なのですか?」
執事「お、おお……顔色もよくなられたようで…」
あすさん「もう一つ重要なことが…」
明海の母「なんでしょう?」
あすさん「……ひとつ、芝居を打ってもらいたいのですが…」
明海の母「芝居……?」
あすさん「明海の将来を占う重要なことを知るためです」
明海の母「明海の将来…ですか…。ど、どうぞ。何でも言ってください」
あすさん「あなたの口から直接、私をクビにした旨を伝えてほしいのです」
明海の母「……えっ!?あすさんをクビに……?」
あすさん「そうですねぇ…理由は…、“明海の支えには到底なりそうにない”ということにして」
明海の母「ちょ、ちょっと待ってください。そうしたらあすさんはどうなるのですか?」
あすさん「いえいえ。その前に明海がどのように反応するかがポイントなのです」
明海の母「明海の…反応…」
あすさん「あわてて取り乱すのか、納得するのか」
明海の母「納得するはずがないと思うのですけど……」
あすさん「私の予想では、明海はあっさりと納得するはずです。そうなったほうが計画を立てやすいので」
明海の母「……いったいどういうことでしょうか……」

あすさんの考えを読み取ることができない明海の母。


あすさんは自分からチャンスを棒に振ろうとしているとしか思えないような行動をとっている。
しかもそれは、明海のチャンスをも奪うことになるのではないだろうか。

野菜たっぷりの温かいスープと、キノコをケチったグラタンを食べたあすさんは満足し、
その後、再び退屈となった。


執事「aspirinさま……このメニューは、明海さまとよくご一緒に食べられたものでございますね…」
あすさん「ゲームの中だけど……」
執事「野菜スープは猿にギフトし、キノコグラタンは頭を活性化させる…とうかがっております」
あすさん「正解」
執事「ああ……これからどうなさいますか……」
あすさん「………帰ろう」
執事「は…はい…」
あすさん「2週間、自宅待機ということになる…」

二人は病院の屋上に出て、自動操縦のヘリで自宅へ帰ることになった。



帰宅しても、迎えに出てくる者は一人もいない家である。


あすさん「…やはり……この家は家とは思えない……」
執事「……といいますと…」
あすさん「家族が帰りを待っているようには感じられないのだ……」
執事「……ああ……」
あすさん「家を出るとき、帰るとき、自分はまるで“お客さん”のような感覚がする…」
執事「はい……わたくしも…そう思います……」
あすさん「こんな環境で育った明海のことを、そう簡単に理解できる人はいないだろう…」
執事「その、理解できるお方こそがaspirinさまだと思っていたので……あ、いいえ…ああ……」
あすさん「いいんだ。私も理解はできていない。だから能無しだといわれても仕方のないことだと思っている」
執事「そんな…決してそのようなことは……」

あすさん「明海の母親に会ってくる」
執事「はっ……どうなさるのですか?」
あすさん「辞任する」
執事「お…お待ちください……も、もう少しお考えになったほうが……」
あすさん「これでいいんだ」
執事「では…明海さまの将来はどうなるのですか……」
あすさん「家庭教師には生徒の進路を決めることなどできない」
執事「しかし…」
あすさん「…とにかく母親と話をしてくる」


明海の母親は衣料品店のオーナー。
まったく姿を見せていなかったが、一人で衣服の製作を行っているのである。


明海の母「あら、あすさん、こんにちは」
あすさん「……大事なお話が」
明海の母「なんでしょう?」

あすさんは初日に受け取った300万円入りの封筒を出した。

明海の母「……どういうことでしょうか?」
あすさん「これはお返しします」
明海の母「まだ1週間もたっていないというのに…」
あすさん「その1週間で、明海の行動に大きな変化が起こったのです」
明海の母「…大きな…変化…?」


明海の母は手を休め、あすさんと真剣に話をするために向き合った。


明海の母「明海が変化したと……」
あすさん「友達ができたのです」
明海の母「……そうなの!?」
あすさん「友達以上の相手を、明海が自ら見つけたとも考えられます」
明海の母「ちょ、ちょっと待って? たったの1週間で、明海が変化するとは思えませんよ…?」
あすさん「なぜそう思われるのですか?」
明海の母「明海が…あすさん以外に心を開くものですか……」
あすさん「…そう……ずっと気になっていたのですが、その前提こそが大きな間違いなのですよ!」
明海の母「……そんなはずは……」

あすさん「明海の将来の夢はなにか、わかりますか?」
明海の母「え……役者になること…?」
あすさん「では私の今は? 将来はどうなるのか? わかりますか?」
明海の母「……そ…それは………」
あすさん「どう考えたってつながりようがありませんよね?」
明海の母「……でも……」
あすさん「本当に、明海のことをよく知ろうと思われたことがありますか?」
明海の母「もちろん…」
あすさん「私のことはどうですか? ほとんど誤解されているようですけど…」
明海の母「……明海の話題に出てくる人物は、あすさん以外いません……」
あすさん「寝言でも私を呼ぶような…?」
明海の母「あの子がわたくしに話すのは、あすさんとゲームで遊んだということだけ…」
あすさん「それで私しかいない、と……」
明海の母「そう! ほかに誰がいるというのですか?」
あすさん「ほかの誰かがいたとしたら?」
明海の母「………………誰なの? 知りたい……」
あすさん「そう思うでしょう? 知りたい知りたい知りたい、と思うでしょう?」
明海の母「当然じゃないですか……」
あすさん「ではなぜ、私については知ろうとされなかったのですか……」
明海の母「…………」



もともと明海の突拍子もない発想から始まった、今回の一連の出来事。

それ以前に、あすさんのことをずっと誤解し続けていた明海の母親。

肩を落として病院内を歩くあすさんと執事。


予想外の短時間で“お見舞い”が終了し、行き場もなくさまよっていた。


執事「……あの明海さまのご様子……いつもの明海さまではないようです……」
あすさん「……いや…あれも明海の一部なのだろう…」
執事「今まで16年間、明海さまの誕生からご成長を見守ってまいりましたが……あのようなご様子は初めてです…」
あすさん「まだ彼女の一生を見てきたわけじゃない…。16年目にして初めて現れた態度なのかもしれないぞ」
執事「ああ……反抗期なのでしょうか……」
あすさん「友達ができたのかもしれない。あるいは──」

がっかりした様子を露骨に体現しながら病院内を歩く二人に、どこからともなく笑いの声が飛んでくる。

あすさん「そんなにがっかりしているように見えるのかな…」
執事「は…はあ……笑われていますね……」
あすさん「お腹が空いた……」
執事「そういえば…朝から何も食べておりません…」
あすさん「昼になってしまった。病院で食事をしようか」
執事「ではわたくしもご一緒して…」

病院のレストランに入っていく二人。

執事「ああ……明海さまはきちんとお食事を取っておられるのでしょうか…」
あすさん「利き手があのような状態では、思うように食べられないだろうな」
執事「……何もお世話をせずにこんなことをしていてよいのでしょうか……」
あすさん「まだ点滴しか受け付けられないのかもしれない」
執事「あああ……あと2週間、どのようにすれば……」
あすさん「はあ……。私は真面目に勉強でもしようかな…」



そのころ、異例の措置で午前のみの短縮授業を終わらせた凛が病院へやってきた。



凛「明海さん!」
明海「…えっ! 凛? どうしてこんな時間に?」
凛「今日は短縮授業になっちゃって~」
明海「そっか! サボってきたわけじゃないんだね」
凛「うん。約束を守ったよ」
明海「ひょっとしたら午前中に来るかなって思ってた」
凛「…そうするにはサボらないといけなくなっちゃう」
明海「あはははは! そうだね!」
凛「お昼ご飯は食べたの?」
明海「まだ~」
凛「あ…でも…その手じゃ食べられないね…」
明海「え~? 凛が食べさせてくれるんじゃないの?」
凛「え? 僕が?」
明海「凛には右手と左手がついてるじゃない~」
凛「あ、ああ…」

明海は自分の食べたいものを売店で買ってくるように凛に伝えた。

そしてあすさんと出会ってしまう…というのはありがちな展開であるが、
あすさんと執事は食事に夢中になっていて、売店の凛の姿に気づくことはなかった。

長い夜が明けた。


予想に反してあすさんと執事は熟睡していた。

二人は背中を向け合って布団で寝ていたのである。


あすさん「ああっ!!寝過ごした!」
執事「aspirinさま、おはようございます」
あすさん「うわあああああああああああ!!!!!一緒に寝ていたのか!!!!!!!」

気配も感じさせずに横で寝ていた執事に驚くあすさん。

あすさん「もう11時だ。天気はどうなんだ!?」
執事「ふぁあ……あ…ああ…失礼いたしました…。わたくしも今、目を覚ましたところで……」
あすさん「はあ……これからは窓の近くで生活したほうがいいな……」
執事「はい……。どこにいても外の様子を見られるよう、カメラとモニタを設置いたしましょうか…」
あすさん「家を設計する段階でそうしてくれ……」

二人は窓に近づくと、温かい日差しのあることを感じた。

あすさん「いい天気だ! 今すぐ出発できそうか??」
執事「はい! ただちに!」
あすさん「その前に、トイレ……」
執事「はい……では、わたくしも……」

二人は連れ小便でトイレへ寄り、屋上へ向かった。

あすさん「む……あれだけ積もっていた雪がなくなっている……」
執事「なんと……」
あすさん「しかも…妙に暖かい……」
執事「ヘリの機体に素手で触っても大丈夫でしょうか…」
あすさん「この暖かさなら平気だろう……」
執事「では地上を走ってまいりましょうか」
あすさん「地上まで降りるのに時間がかかる…」
執事「おお……そうでした……」
あすさん「……まさか…操縦できないということはないだろうな…?」
執事「とんでもない!!ヘリは自動操縦でございますので…」
あすさん「おいおいおい……」

執事「目的地を入力すれば、自動的に飛んでいけます」
あすさん「ううむ……」


あすさんは半信半疑でヘリに乗り込むと、執事が操縦することなく離陸した。


あすさん「おお~~飛んだ飛んだ!」
執事「ヘリコプターは初めてでございますか?」
あすさん「イエス」
執事「最近、墜落する事故が多くて心配で……」
あすさん「…………」
執事「ああ! このヘリは大丈夫でございますよ!!!」
あすさん「ふむ……まぁ、まっすぐには飛んでいるようだから、大丈夫…か」
執事「はい! 決して落ちることはございません!」
あすさん「人を乗せて飛ぶヘリコプターを自動で操縦できる技術があるのに、ほかのシステムが…なんだかなぁ……」
執事「ナビによると、あの建物が病院でございます」
あすさん「おい……」
執事「わたくしは地理に疎いもので……」
あすさん「そういう問題なのか……」


二人を乗せたヘリは無事、樽帝院病院の屋上に着陸した。


あすさん「明海の病室は!?」
執事「……あ……」
あすさん「あ!?」
執事「…申し訳ございません……部屋の番号をうかがっておりませんでした……」
あすさん「なんだよ…まったく!!いいよ、受付で聞いてくる!」

あすさんはナースステーションを探して歩いた。

明海の自宅よりもはるかに狭く、迷うことはなさそうである。


あすさん「相葉明海の病室は…?」
受付「6階の6002号室です」
あすさん「ありがとう」
受付「あ、あの~」
あすさん「なにか?」
受付「aspirinさん…ですよね?」
あすさん「ち、が、い、ま、す」


今後、自分を知る人に出会っても、決して正体を明かしてはならない──

あすさんはそう思い、他人として振舞うことになった。


あすさん「6002…6002っと……ん、あの部屋だ」

あすさんは明海の名札のついた6002号室の前まで到着した。

あすさん「ふむ…個室のようだな。勝手に入っちゃってもいいかな…どれどれ…」




ガラガラ




明海「り…っ…あ……あすさん…!」
あすさん「おっおっおっ! 元気そうだね!」
明海「…うん…」
あすさん「ああ、横になったままでいいよ。いや~…本当は昨日ここへ来るつもりだったんだけどね~」
明海「うん」
あすさん「地上は大渋滞、空は猛吹雪で……ここまで来る手段がなかったんだ~」
明海「………」
あすさん「それが一夜明けたら快晴だし、妙に暖かくなってラッキーだったよ」

明海「(…そっか…まだお昼前だもん……凛がお見舞いに来るわけないよね…)」

あすさん「ん……? 明海、大丈夫か?」
明海「え? あ、うん! あすさんと会うのが久しぶりだったから…」
あすさん「まぁ…授業がいきなり中断されてしまったからなぁ…」
明海「ふぅ~…」
あすさん「怪我の具合はどうかな?」
明海「うん…2週間は安静にしないとだめだって…」
あすさん「そうか……食事とか不便だね…」
明海「思い通りに動かせないとストレスたまる…」
あすさん「でも……治るまでは我慢しないとね」

執事は遅れて病室へやってきた。

執事「あぁ……明海さま…はぁ…大丈夫でございますか…はぁ…」
明海「見てのとおりよ」
執事「はぁ……ご無事で…はぁ…なによりで…はぁ…ございます…」
明海「……どこを走ってきたのよ? ひょっとして病院で迷った?」
執事「……は…はい……」
あすさん「地理に疎いのは本当だな…」
明海「もう……そんなんじゃあ、うちの案内も任せられないわね~」
執事「…はぁ……これからは…しっかりと…頭の中に…地図を……」


あすさん「それで…明海は、自宅のほうへ戻って治療を続けるかね?」
明海「え……うーん……」
あすさん「もし移動するのが苦しかったら、このままでもいいのだが…」
明海「うん……あたしはこのままでいい…かな…」
あすさん「そ…そうか……」
明海「実は微熱もあってね……ちょっと…」
あすさん「ああ、無理はしなくていい…」
明海「…ごめんね、あすさん…ちょっと休んでもいいかな……」
あすさん「ああ……おやすみ…」


明海の妙によそよそしい態度に気づき、違和感を覚えるあすさんであった。

とはいっても、一時的に危篤状態に陥るほどの怪我を負ったのだから、
まだその感覚が残っていて、いつものような振る舞いをすることができなくなっている可能性はある。

そう思って、あすさんは病室をあとにした。

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